心の中を開く鍵
もう何て言うか、決定的な言葉はお互いに自分の主張だけで、まったく生産性のない時間だった。

私は翔梧に食事をたかりに行ったわけじゃないんだけど、結果としてご馳走になっちゃったし。

あー。どうしよう。

鬱々と考えていたら、執務室のドアが開いて、そっと葛西主任が入って来た。

「……山根さん。いかがでしたか?」

少し心配そうにしている主任。それを振り返り、目を細める。

「いいところに。主任に聞きたいことがあります」

主任は目を丸くして、それから微笑むと首を傾げた。

「僕でわかることでしたら」

かなり真面目で、上司としてとてもいい人である主任……。
主任を見上げて、真剣な表情を浮かべる。

「ストーカーの気持ちって、どんな感じなんですか?」

主任の笑顔が固まったのは間違いじゃないとは思うけど、こればっかりは解る人に聞いて対応しようかと……。

「……山根さん。それは、僕に気持ちを聞くよりも先に、警察に連絡した方がいいと、たぶん、うちの妻なら言うと思います……」

笑顔のまま遠い目をする主任に、思わず苦笑した。

「まだ、そこまで狂気に満ちた人じゃないので、さすがに」

「その言い方では、僕が狂気に満ちた人だったみたいではないですか」

両手で顔を覆って俯く主任を、唐沢さんが後ろで大爆笑していた。

「奥さまに対処法を聞いた方がいいでしょうか?」

「……山根さんは、たまに突然怖いもの知らずになりますよね」

主任は溜め息をついて、顔を上げる。

それはどういう意味だろう?

「それは奥さまが怖い人だという……?」

「うちの妻は優しいですっ!」

普通にそれってノロケですよね。

……うちの会社は、たぶん上に行くほど変わり者が多いのかもしれない。

まぁ、たまに重役についたりもするから、変わり者がいるのは知っていたけれど、大元が変わり者なら、それは仕方がないのかな。

葛西相談役顧問が創始者のひとりなら、現在のトップも葛西取締役社長、そしてその息子が葛西主任だし。

その主任は、咳払いしてから姿勢を正した。
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