きみの愛なら疑わない
#3 駆け引きをする男
◇◇◇◇◇



『浅野さんを幸せにする』ということは言葉にすれば簡単だけど難しい。幸せの定義は人それぞれなのだけど、浅野さんに関しては分からないことが多すぎる。
趣味は読書かもしれないと分かっただけで、仕事も順調だし自分でも恵まれてると言う浅野さんの望むこととは何だろう。

「日曜に会ってくれませんか」と言えばしばらく新店の準備で休日も忙しいと返され、退社後に食事に誘えば優磨くんのいるブックカフェでならと言われてしまう。

「小説の続きが読みたいし、カフェのご飯なら奢るよ」

無表情でエレベーターのボタンを押す浅野さんは少しは私の顔を見てくれるようになった。

「なら結構です」

「今夜はカルボナーラだって。女の子は好きでしょ? パスタ系が」

淡々とした会話でも前よりは進展した。ただの上司と部下よりも。

「あのカフェには行けません。優磨くんにも会いません」

どの面下げて会えばいいというのだ。美麗さんの弟で、好きな人の友人なのに。

「へー、この間は僕の知らないうちに行ったのに?」

優磨くんから聞いたのだろう。浅野さんと優磨くんは何でも話してしまう仲ということだ。

エレベーターのドアが開いて浅野さんは乗り込んだ。

「どうせなら優磨も手に入れようってこと?」

「は!? 違います!」

浅野さんの言葉に一気に頭に血が上った。何てことを言うのだ。この人はどこまで私を怒らせるのだろう。

「あの日はたまたま会っただけで……」

偶然です、と言いかけて目の前のエレベーターのドアが閉まった。浅野さんは私が油断している隙に消えてしまった。
私に最後まで言わせてくれないでいつだって逃げる。声をかけるでもなく目の前で閉められたドアに心の中で悪態をつくと、浅野さんを追いかけるためにボタンを押した。急いでデスクに引き返し下に置いたカバンを取って再びエレベーターホールに戻り、ちょうど開いたドアに体を押し込めるように乗った。

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