その愛の終わりに
参
今までの人生で、誰にも会いたくないという心境に至ったことは何度かある。
可愛がってくれた叔母が亡くなった時、飼っていた猫が行方不明になった時、見合いの前日。
だが、今日ほど一人になりたいと思ったことはなかった。
しかし、ここは華族の屋敷。そして自分は男爵夫人であり、常に付き人がいる身分である。
晩餐の時間には、どうしても夫と顔を合わせることになってしまう。
それまでにいつもの自分に戻れたらいいが、うまくたち振る舞える自信などない。
時計の針は、まだ16時を指していた。
「図書室に行ってくるわ」
お付きの女中にそう告げ、美都子は屋敷内で唯一くつろげる場所へと向かった。
読者をこよなく愛する美都子を気遣い、この屋敷に勤める女中は、基本図書室には立ち入らないようにしている。
そのため、図書室だけは美都子が一人になれる空間であった。
適当な画集を手に取り、広げる。
それだけで、いかにも絵と解説に集中しているように見える。
使用人たちに怪しまれないために、当分はこうして誤魔化すしかないだろう。
「これから先、どうなるのかしら……」
無意識のうちに、声が飛び出る。
義直を許したい。いや、そもそも養われている立場の自分に裁く権利などない。
その言葉にもう一人の自分が反論する。
夫婦となった以上、立場は対等であって然るべきだ。
何を遠慮する必要がある。
証拠を集めて、義直に突きつけてやればいい。
そしてその後は……その後は?
離縁はまず無理だ。自分だけが深傷を負い、義直には小さな引っ掻き傷しか残らないであろう。
実家にも迷惑をかけることになる。
そもそも、浮気を容認出来ない妻は出来損ないと見られる昨今の風潮だ。
世間の奥方が我慢出来ることが、どうして自分は我慢が出来ないのか。
そんなの決まっている。不快だからだ。
「難しい顔をして、一体どうしたんだ?」
反射的に振り返ると、図書室のドアに義直がもたれかかっていた。
心臓が早鐘を打ち、喉から水分という水分が飛ぶ。
「いえ、何も……」
自分らしからぬ歯切れの悪い答え。
どうしても義直と目を合わせることが出来ず、美都子は再び画集に視線を戻した。
やり場のない怒りと失望が込み上げてくるのを抑えるのに必死で、美都子は義直の目を見ていなかった。
「山川の診療所に行ったそうだな」