その愛の終わりに
参
新年を迎えてから約二週間が過ぎた。
今日は美都子にとって勝負の日である。
仕事で家を空けていた夫が帰ってくる日なのだ。
東雲男爵邸はその日、緊張感に包まれていた。
この家の家政を取り仕切る奈月はそれを、久しぶりの主人の帰宅に使用人達が緊張しているのだと解釈していた。
実際は、義直の不貞が奈月に露見すること、美都子と義直が不仲になることを恐れての空気であった。
美都子が屋敷を出ていったことは、まだ使用人達の記憶には新しい。
皆が戦々恐々としている中、黒塗りの自動車が門前に停まった。
そして、義直と荷物を抱えた下男が玄関ホールに入るや否や、使用人達が一斉に頭を垂れる。
「母上、ただいま帰りました」
明るくはあるが柔らかな響きのバリトンを聞くのは、実に久しぶりであった。
驚くほど冷静にそう思える自分に、美都子は気づく。
「美都子、ただいま」
彼の声からわずかに緊張が伝わり、目を合わせるつもりがなかったにも関わらず、思わず顔を上げてしまう。
「おかえりなさいませ。お仕事、お疲れ様でございました」
冷たくなりすぎないよう、しかし以前ほどの喜びは感じさせないよう、絶妙なさじ加減で声を発する。
鈍い奈月は気づかなかったが、何人かの使用人は困惑した表情であった。
まだ許したわけではないことをそれとなく知らしめ、美都子は率先して義直の荷ほどきを手伝った。
何か意図があると気づいた義直は、荷ほどきが終わるなり人払いをした。
窓の外から、奈月と女中達が車に乗っているのが見えた。
二人きりになった息子夫婦に気を遣い、女中達を連れて出かけたらしい。
おそらく、夕食まで帰ってこないだろう。
「てっきり避けられるだろうと思っていたよ」
微笑んではいるが熱を感じさせない義直の瞳をしっかりと見た上で、美都子は言った。
「私も最初はそうするつもりでした。でも、あなたを避けたところで事態は変わりません」
毅然とした声と、挑むような眼差しに、義直は次に来るであろう言葉を予感した。
「……離縁してください。もう、あなたを夫とは思えません」
美都子も義直も微動だにしないまま、何分かが過ぎた。
静まり返った寝室の沈黙を先に破ったのは、義直だった。
「そこまで、俺のことを嫌いになったのか?」
声からは何を考えているのか読み取れない。
目を合わせようとしなかったため、表情もよくわからなかった。