強引上司とオタク女子

幸い、国島さんもそれ以上は突っ込んでこなかった。

マニュアルはヒーローショーの時の子供たちの反応を想定して盛り込んでみろと言われただけだ。

興奮して乱入したり、泣き出したりする子もいるだろうから、その場合のナレーションの対応方法等を記述しろとのこと。
なるほど、言われてみれば納得はできる。

ヒーローショーは実は得意な分野だ。

三笠くんがまだ全然売れてなかった時に、アルバイトでキャッシャーという悪役をやっていてよく観に行った。
着ぐるみの中でアクションをする彼らの視界はあまり良好とは言えず、それ故のトラブルも結構ある。

あの時、話きいておいてよかったなぁとしみじみ思いつつ、カタカタとキーボードを鳴らしながら思いつくままに書き足していると、後ろから女性の声で名前を呼ばれた。


「川野さん、すみません。ここ教えてもらえますか」

「はいはーい」


げ、梨本さんだ。
そうだ。国島さんばっかりに気を取られていたけれど、この人も渦中の人だったんだわ。


「伝票?」

「はい。ここの起票の仕方なんですけど」


今まで私に回されていたような作業は梨本さんのところに行っているらしい。
簡単に説明して納得してもらった後、彼女は声を潜めて私に言う。


「あの、昨日のことなんですけど」


こっちもか。
私は苦笑いをして耳打ちする。


「いいよ。私、何も見てない」

「でも。私と彼、ホントになんでもないんです」


なんでもなきゃないだろ。
過去に何かあったからあの状況になってるわけでね。

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