となりの専務さん
壁の事情
ある三月の日のこと。

肌寒い日もあるけど、今日はポカポカ陽気で温かく、時々吹き抜ける春風も心地いい。
空を見上げれば雲一つない晴天で、まるでこの日に間に合わせてくれたかのように満開になった桜の花びらが、風に乗ってひらひらと宙を舞っていた。

そんな素敵な天気の今日、私は大学を卒業した。


「無事に卒業できてよかったよねー」

「本当! 単位ちょっとヤバかった!」

卒業式も終わり、卒業証書の入った丸筒を持って会場の周辺を歩きながら、友達二人がとなりでそんな会話をしている。

風が吹くと、ふたりが着ている袴がひらっと揺れた。


「本当だね。これで晴れて社会人だ!」

私はふたりに、そして自分自身に対して、元気よくそう言った。

就活は大変だったけど、無事に内定もらえたし!


「そうだね。特にヒロは、大きいとこ内定もらえたし、すごいよね!」

「そ、そんなことないよ」

「謙遜はいいから。でもヒロ、ひとつ質問していいかな?」

「ん? なに?」

「なんで、袴じゃなくてスーツなの?」

ひとりがそう言うと、もうひとりも「私もそれ気になってた」と言う。


うちの大学の卒業式では、卒業生の女子は、ほとんど袴姿だった。もちろん、スーツで出席しちゃいけない決まりはないから、私のほかにもスーツの女子はいた。でもそれは数名で、ある意味、目立っていた。

「学校に袴のレンタルが来た時、ヒロ、全然試着しに行かないから気になってたんだけど、まさかスーツとは」

「あ、ははは。袴とか窮屈そうでニガテで」

「えー?」

思わず笑ってごまかしたけど、本当は、私もみんなと一緒に袴にしたかった……。
< 1 / 230 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop