イケメン御曹司に独占されてます
「なんだよ、そんな泣きそうな顔をして」


月が怖い、なんて言ったら、池永さんは笑うだろうか。

もうほとんど泣いてしまいそうになりながら、ようやく缶コーヒーを差し出すと、その震えた指先を見て、池永さんの瞳が切なげに歪んだ。

こんな顔、オフィスでは絶対見られない。
最近の池永さんは、こんな風に普段見せない顔をいくつも私に見せる。


「そんなに怖いの? ……本当にお前、色んな意味で面倒臭いな。でも仕方無いか。お前のOJTは俺の仕事だから」


いつも通りの辛辣な言葉。なのに、どうしてこんなに優しく感じるんだろう。

立ち上がった池永さんに、缶コーヒを持った手ごと引き寄せられる。
そしてそのまま背中に腕を回されて、すんなりした長い指が背中を撫でた。


不思議に気持ちが静まって……。そのまま、池永さんの胸に顔を埋めたい衝動に駆られる。


「お前に泣かれるのは嫌だ。胸が騒いで、苦しくなる」


相変わらず独善的な言葉を吐きながら、池永さんがため息混じりに笑った。

変なの。会社では私が泣くことなんてお構いなしな、スパルタな指導をするくせに。
それでも、普段辛辣な池永さんの甘い声は、あっという間に私の頬を赤く染める。
まるで一瞬で効く、甘い毒みたいに。


「せいぜい目を離さないようにするよ。……ちょっとした油断が、命取りになる」

きっぱりした口調で言い放つと、背中に回された腕に力を強める。
池永さんの胸についていた手がその力に負けて、足元に缶コーヒが転がった。
ワイシャツの胸に顔を埋めて——そのぬくもりに、簡単に落ちていく。
池永さんはそんな私の髪を優しく撫でた。


最近の池永さんは本当によく分からない。でも……今はしばらくこのままでいたい。

シャツから伝わる鼓動を頬に感じながら、安らかなぬくもりの中で私は目を閉じた。
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