フキゲン課長の溺愛事情
第三章 璃子の事情
 ふと気づいたときには、璃子は温かな毛布にくるまれていた。くるりと寝返りを打つと、体の下でわずかにスプリングが弾む感覚がある。きちんとベッドで寝ているようだ。

(私、いつの間に帰ってきたんだろう……)

 目を開けそうになって、あわててギュッと硬くつぶった。恋人と三年一緒に暮らした部屋にひとりきりだという事実を、直視したくなかったのだ。啓一が自分のもとを去ってしまった――そしてほかの女性のもとへ行ってしまった――という現実を受け止めたくない、受け止められない。

 けれど、思い出すまいとすればするほど、記憶というのは蘇ってくるようだ。昨日のカフェでの出来事が、二日酔いでぼんやりした頭の中で鮮明に再現される。

『ごめん。もうこれ以上、璃子とは一緒に暮らせない』
『ほかに……好きな子ができた』

 鼻の奥がツンと痛くなり、唇をきつく噛みしめた。でも、いくら強く噛みしめても、目の奥が熱くなり、閉じたままの目尻から涙がひとしずくこぼれ落ちた。

「うっ……」

 思わず嗚咽を漏らしたとき、誰かの指先が璃子の目尻に触れ、そっとなぞって離れた。
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