ビタージャムメモリ
12.距離
心の中で悲鳴がほとばしった。

オーナーさんが、匂いでも確かめるように間近で私を観察する。



「あんた、見たことあるな?」

「はいっ、そのせ、節はご迷惑を、おかけし」



タトゥーの件で思いっきり怒られた記憶が生々しい私は、彼の顔を見た瞬間、トラウマがよみがえって硬直してしまう。

背後のソファにかけていた先生が助け舟を出してくれた。



「凄むなよ前川、お前の顔、怖いんだよ」

「お前に言われたくねえぞ、眞下。なあこの姉ちゃん、あれだろ、歩のツレだろ?」

「違う」

「だって歩にイタズラしたんだろ、寝てる間に?」

「ですからそれは、誤解だと歩くんがご説明したはずで」



そーだっけ? と興味なさそうなくせに、解放もしてくれない。

私はすくみ上がりながら、滝沢さんが持ってきてくれたコーヒーカップを握りしめていた。


なんでこんなことになっているかというと。

あの後、一言も喋らないままバイトに向かった歩くんが心配で、私は家に帰るのをやめ、後を追ってこのサロンに来た。

こわごわドアをくぐったらちょうど滝沢さんに会い、私を覚えていてくれた彼が、歩くんを待てる部屋に案内してくれようとしたところ。

途中の廊下で、オーナーである前川さんと、なぜか先生にばったり遭遇したのだ。



「まあいいや、歩の奴、健気に集中して弾いてるじゃねえか、見てやれよ、ほら」

「見てるよ」



オーナー室の壁のモニタには、フロアの中心部が映し出されており、そこでは歩くんが演奏の最中だ。

先生は難しい顔で、それを見つめていた。



「惜しいよな、本気でやりゃあ、どこだって目指せるぜ」

「強要したところで、本人がその気にならなけりゃ意味がない」

「まあな、だが歩はいいよ、お前もそう思うから今回の話だって持ち帰ってきたんだろ。弾けるだけじゃなく、人を魅了できる奴ってのは限られてる」



前川さんが満足げに言いながら、部屋の奥にあるデスクに向かう。



「香野さんも、座ったら」

「あっ、はい、失礼します」


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