強引同期と恋の駆け引き
 № 1 


 ◇ ◇ ◇


綴る言葉が見つからず、黒いサインペンの蓋を取ったまま、何分経っただろう。
そろそろインクが乾いてきてしまうかもしれない。

パチンと一旦フタをして、人気の無い灯りが落とされた室内で、パソコンの画面が煌々と照らすデスクに突っ伏した。

「片倉(かたくら)、まだ終わらないのか?」

静かな室内に響いた低音の声に、私は慌てて机の上にあったものを他の書類で隠す。

「うん、もう帰るとこ。久野(くの)こそ、こんな時間まで?」

「あぁ。引き継ぎとか人事に提出する書類とか、面倒なことが山ほどあってな」

「そっか。もうすぐだもんね」

久野が放って寄越したスチール缶をキャッチする。
缶の熱が冷え切っていた指先から、じんわりと全身に伝わっていく。

私が残業していること、知ってたんでしょ? じゃなきゃ、この選択はあり得ない。

じっと両手に包んだ缶を見つめる私のデスクの上に目を向けた久野が、苦笑を浮かべた。

「明日のせいで大変だったな。なにも、この時期に挙げることもないだろうに」

「戸嶋(とじま)さんがね、桜の咲いている中で結婚式を挙げるのが夢だったんだって。乙女だよね」

おかげで、年度末で慌ただしいこの時期、休日返上で出勤する人ばかりの中で、課の大半の人が式に出席するために連日残業して、前倒しで仕事を片付けたのだ。





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