あなたと恋の始め方②【シリーズ全完結】

キュッとその手に

 自分の記憶の曖昧さに息を呑む。

 
 一緒にお酒を飲んでの帰り道は足元がフワフワしていた。私の部屋に送って貰ってからも甘さに包まれていたような気がする。でも、自分の部屋に戻った辺りから何も覚えていない。身体をゆっくりと起こすとそこは私のベッドで、頬にサラッとした肌に慣れたシーツの感触に意識が少しずつ戻ってくる。使い慣れたものなだけあって、肌に馴染んでいた。

 
 でも、記憶は途切れている。そうプッツリと。


 ゆっくりと目を開けると、一瞬、息が止まるかと思った。そこには小林さんの綺麗な顔があって、伏せられた目蓋は開く気配がない。私の身体には小林さんの逞しい腕が抱きしめるように抱かれていて、勿論、昨日会社に行った時に着たままの服だし、小林さんもスーツの上着を脱いだだけの状態だからお互いに服には皺が寄っている。


 そして、小林さんのワイシャツには私が握り締めていたとしか思えないほどしっかりとした皺が寄っていた。そんなシャツを見ながら、私は一晩中無意識なのにシャツを掴んでいたのかもしれない。


 きっと、私が小林さんに帰って欲しくなくて掴まえてしまったのだろうと思うと顔が熱くなる。酔ったこととはいえ恥ずかしさは隠せない。私はゆっくりと小林さんの身体から自分の身体をずらそうとすると、少し力を入れた分、小林さんの腕にも力が掛かる。


「小林さん?」


 小さな声で耳元で囁くと、小林さんの反応は全くない。規則的な寝息が聞こえる。こんな風に傍で目覚める朝は恥ずかしいのにとっても嬉しくて、このまま少しだけ小林さんを独り占めしたいと思った。

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