俺様御曹司と蜜恋契約

 「危機感もてよアホ」





翌日のお昼休み。

女性社員たちの賑やかな話声とお昼ご飯の香りが漂う休憩室で私はぼんやりと窓の外を眺めていた。

テーブルの上にはフタを開けたまままだ手を付けていないお弁当。右手にお箸を持ったまま意識が完全に飛んでいる。

「はぁ……」

昨日の出来事を思い出すたびに、まるで魂まで抜けてしまうんじゃないかと思えるほどの深いため息がこぼれる。

私はどうしてあんな取引をしてしまったんだろう。

「はぁ……」

「どうしたの、ため息なんてついて」

女性の明るい声が聞こえて、肩をポンとたたかれた。

「何かあったの?」

少しきつめの香水の香りがして振り向けば、同じフロアで事務をしている持田由美(もちだゆみ)さんがいた。いろんな情報に詳しくて、葉山社長の女性関係のことを私に教えてくれた人だ。

私が座るテーブルの向かいのイスに腰を降ろした持田さんは長い前髪をさっと手でかき上げる。その爪には昨日までなかった薄いピンクのネイルがされているし、ちらっと見えた耳元にはピアスが光っていた。化粧もいつもよりも濃い目のような気がする。普段から派手な人だけど今日は一段と磨きがかかっているので、もしかしたら仕事終わりに何か予定があるのかもしれない。

「花のお弁当は今日も美味しそうだね」

持田さんが私のお弁当を覗き込む。私たちはいつもお昼を一緒に食べていて、料理が苦手だという彼女は私の手作りお弁当をよく褒めてくれる。

「毎朝自分で作ってるんでしょ?」

「はい」

「すごいよね。実家が食堂だから花も料理が上手なのかなぁ。あっ、その出し巻き美味しそ~」

持田さんの視線の先にある出し巻き卵は今朝自分で作ったものだ。食堂の食材の残りのしらすを貰って卵に混ぜた。

「ひとつ食べますか?」

あまりにもじーっと見られているので聞いてみたら「いるいる!」と持田さんは笑顔で頷いたけれど、すぐに「あっ、でもいいや」と表情を曇らせる。

「私、今ダイエット中なんだよね」

と、コンビニで買ってきたサラダを私に見せた。

ここのところ持田さんのお昼はコンビニのサラダばかり。今のままでも十分スリムなのにあと3キロは体重を落としたいらしい。

持田さんはサラダにドレッシングをかけると食べ始めた。
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