ヴェロニカ外伝
エンリケのハロウィン
 砂漠の町、ジャジータ。
 リーカ国とアシェール国の国境にある町だからだろうか、リーカ国中央では話題にも上らない祭りが、盛り上がっていたりする。
 その一つが、ハロウィンだ。「10の月」になると一斉に町がオレンジと紫と黒で彩られる。
 魔女や狼男、ゴーストに死神に扮した子供たちが、町中にあふれる。
「トリック・オア・トリート!」
 この一か月の間なら、何度でも使える魔法の言葉だ。
 これを言われた大人は、相手がどんな子であろうとも、お菓子を渡さなければならない。だからこの季節、大人たちは菓子を切らさないよう細心の注意を払う。

 エンリケも、その習慣をよく知っている。だからこの季節は極力外を出歩かないようにしているのだが、今日は役場へ呼ばれてしまった。なんでも、自分たちの『不審な動き』に気付いた王女が兵を動かしたらしい。
「我が革命が成功したら、このばかばかしい祭りは即座に中止にしてやる。ヴェロニカも王女の座から引き摺り下ろしてやる」
 ぶつぶつ言いながら、黒いフードを目深にかぶって町の北に位置する町役場へと足早にむかうエンリケの足が、急停止した。
 黒い何かが、エンリケの膝のあたりにぶつかったのだ。
「何だ?」
 眼だけで下をみれば、5、6歳の少女が驚いた顔をしている。体に巻きつけただけの布はボロボロで、むき出しの手足は泥と埃で汚れている。
 エンリケは舌打ちをした。ジャケットのポケットから飴を取り出した。出がけに執事が持たせてくれたものだ。
「……ほら」
 だが少女は目を見開いたあと、怯えたように後ずさって首を横に振った。
「今はハロウィンシーズンだ、受け取れ」
 首を傾げながらも折れそうな手で飴を受け取った少女は、それを大事そうに胸に抱えたあと、エンリケの手に戻した。
「いらぬのか?」
 少女は、自分の胸を押さえて微笑んだ。この仕草は、愛娘・ビアンカが幼いころにやっていた。
(気持ちだけもらう、と……?)
 首を傾げたエンリケだが、はっと気づいた。
「ハロウィンを知らぬのか」
 少女は、嬉しそうに何度もうんうんと頷いた。
「親はどうした?」
 途端に大きな瞳が曇り、エンリケは内心舌打ちをした。この子はおそらく、異国からの難民の子だ。
 そして、親とはぐれたか捨てられたか、したのだろう。
「……メイドがもう一人欲しいと思っていたところだ。雇ってやる」
 ぶつかった時以上に驚いた顔をした少女が、はじめて満面の笑みを見せた。

 祭りの空気にあてられてしまったな――。
 少女の手を引いて自分の屋敷へ戻りながら、エンリケは小さく笑っていた。
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