陽のあたる場所へ

④ 翻弄




何も変わらなかった。


たった一度、キスをされただけ…

たった一度、秘密の出来事があっただけ…

ただそれだけのこと…。



でも…それって何でもないこと?…
少なくとも沙織には、そんなふうには考えられなかった。



最初のキスには、自分の意思はなかった。

図書資料室での出来事だって、仕掛けて来たのは彼の方だ。
龍司を好きな気持ちがあったから、拒めなかった。
いや…自分から望んでしまった。



何故、彼は 私を…。
考えても、考えても、答えは出なかった。



彼の唇…
彼の大きな掌と指先…
彼の低い声…
彼の射抜くような目…


その全てが、沙織の心と身体に絡みついて離れない。


目の前では、あの時の出来事など一切匂わせない彼が、普通に、本当にごく普通に動いているのに…。



きっと考えるだけ無駄だ。

別に私の身体に興味があった訳でもない。
成り行きからのちょっとした出来心…。
ただそれだけのことなのだろう…。


きっと彼には恋人がいる筈なのだから…。

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