陽のあたる場所へ

⑧ 彼の恋人



社長室に出すお茶を持って、沙織が給湯室から出ようとした時、いきなり目の前を人影が横切った。

「アッ!」と小さく叫ぶ沙織の声に、「キャッ!」と少し高い声が重なったと同時に、湯飲み茶碗が派手な音を立てて揺れた。

お盆を持つ手に痺れるような痛みが走った沙織だったが、手を離すと落としてしまうと咄嗟に耐えたものの、結局はぶつかった衝撃で床に落ちた陶器の割れた音が響く。



「ごめんなさい!海野先輩。大丈夫ですか?」

申し訳なさそうに眉を下げて、まばたきをする睫毛が長くて綺麗だ…その瞳も大きくて愛らしい。
こんな時なのに、つい見惚れてしまう。


総務部経理課の、久留宮いずみ。(クルミヤ イズミ)
吉沢と同期だと言っていたから、確か24歳だ。

ファッション雑誌企画担当の男性社員達が、モデルと張り合えるくらいの美人だと噂していた。
しかし残念ながら、モデルとして通用するほどの長身ではない。
でも、そこが一般男子受けするんだとか何とか言っていたのを思い出す。

「あ、うん。久留宮さんも大丈夫?ごめんね」

手がヒリヒリするような気がしたが、彼女が心配するといけないと思い、沙織は割れた陶器の欠片を拾おうと、床にしゃがんだ。


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