御曹司と愛され蜜月ライフ
◆◇◆



「きみは──……総務部所属の、卯月 撫子(うづき なでしこ)だな?」



……うそでしょ、神様。

絶望的な気分になりながら、私は目の前にいる美しい人物を見上げる。


今まで、こんなに近くで見ることなんてなかった。

だってこのひとは、同じ会社の社員とはいえ雲の上の存在。彼が纏う、普段は遠巻きに察していただけの圧倒的な雰囲気を、今私はまざまざと感じている。

自分のあごを捉えている彼の指先はじわりとあたたかい。こんなに近付くまで、彼が自分と同じ血の通った人間だということをちゃんと認識していなかった気がする。

こちらを射抜く鋭い瞳も、その左下に鎮座するふたつのほくろも。おそろしいまでに整った彼の顔を彩るパーツとして、私の目にはどこか非現実的に映っていた。


けれども、この状況は間違いなく現実で。今現在私を囲うように背後のドアへと手をついている人物も、作り物の二次元ではなく三次元に存在する男性で。

どう頭の中でこの状況を切り抜けるすべを考えたところで、うまいことできる方法が思いつきそうもなくて。


こくりと唾を飲み込む。相変わらず眼前には、整った綺麗なお顔。

その横っ面に渾身の右ストレートをぶち込む妄想を頭の中でしてみたけど、実践できそうどころかこの先の未来が真っ暗闇のドン底になるオチにしか行き着かなかったからすぐさま打ち消した。

彼は私から視線を逸らさない。ていうか私も逸らせないし、まさにヘビに睨まれたカエル状態。


……ああ、詰んだ。終わった。

さよなら私の、平穏な日々……──。
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