恋は天使の寝息のあとに
第八章
彼は全て忘れろだなんて言っていたけれど
そう簡単に忘れられるとは思えない。

彼自身はどうなのだろう。
電気のスイッチを切るときみたいに、その気になれば綺麗さっぱり消し去ることができるのだろうか。

十年付き合っていた里香さんを一年で吹っ切ることに成功した恭弥は
一年六ヶ月ぽっちの私たちの付き合いなんか、容易く忘れることが出来るのかもしれない。

少なくとも私は、週末が近づく度に彼が来てくれるような気がしていて
彼のぶっきらぼうで投げやりな口調とか、大きくてごつごつした身体の感じとか、唇の感触とか、最後の優しい瞳とか
あまりにも鮮明すぎて、思い出せば思い出すほど後ろ髪を引かれてしまう。


それでも、記憶から消し去らなければならない。
これから私たちのそばにいてくれるのは、恭弥ではない。
翔なのだから。
< 144 / 205 >

この作品をシェア

pagetop