恋は天使の寝息のあとに
第三章
*** 一年六ヶ月前 ***


出産を間近に控えた日曜日の朝。恭弥が実家を訪ねてきた。
実家といっても、両親が事故で亡くなって以来、この家の住人は私ひとりしかいない。
父親が再婚した当初、恭弥が帰りやすいようにと彼の部屋を作りはしたのだが、物置と化していた。
稀にこの部屋に荷物を取りに帰ってくる恭弥だったが、その頻度というのは年に一回あるかないかというくらいで、当のコンセプトはあまり満たされていない。
今日だって、自分の家でもあるというのに、鍵だって持っているだろうに、勝手に入るのはまずいと考えたのか、律儀に玄関のチャイムを押して私にドアを開けさせた。


「予定日、昨日じゃなかったのかよ」

玄関に足を踏み入れて、まず大きくパンパンに膨らみきった私のお腹を見つめて恭弥は呟いた。

「全然陣痛が来ないんですよ」
「なんだよそれ、大丈夫なのか?」

そう言って恭弥は背の高いその身を丸めて、恐る恐るお腹に顔を近づける。

「よくあることらしいですよ」

私が答えると、恭弥はふーんと適当に頷いて、肩に担いでいた巨大なボストンバッグを玄関の入り口へ乱暴に下ろした。

「なんですか? この大荷物?」

「服」

「……衣替えですか?」

「いや。泊まろうと思って」
恭弥は靴を脱ぎながらさらりと答えた。
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