③愛しのマイ・フェア・レディ~一夜限りの恋人~
第3話  甘いお誘い
 絶体絶命__

(どどどど、どうしよう、赤野)
(か、課長、落ち着いて!)

 ようやく気がついた事態に、すっかり取り乱してしまった大神 。

(ウワ~、もう終わりだ!
俺の努力が…
『島k作』ばりの出世コースがぁっ?)

(課長ってば!)

 いつも怜悧な彼の慌てぶりに、燈子は責任を感じないわけにはいかなかった。

_た、大変だ。
 あの冷静なオオカミさんが、パニックに陥っている。
 私の間抜けなしくじりのせいで……………
そうだ!_

 ボスを…大神さんを護らなきゃ!

 その子分魂が、切羽詰まった彼女にとっさの知恵を授けた。

 燈子は腹を括った。


(課長、課長。私めにお任せ下さい!)
(え?)

(まずは…)
 燈子は、大神になるべく隅に張り付いているように指示を与えた。

(こ、これでいいのか、赤野)

 蜘蛛のようにピタリと隅にくっついた大神が、怪訝そうに訊ねた。

(上出来です)
 言いながら、自分は扉の真ん前にスタンバイ。

(いいですか?
何があっても、決してそこを動かないように)

(し、しかし…)

 一体、何をするつもりだ。
 尋ねようとした彼を、燈子はピシャリと遮った。

(お静かに!あまり時間がない)

 クロゼットの目の前には、既に社長の気配がある。

 燈子はスウッと深呼吸した。
 親指をたてると見えもしないウィンクを一つ、後ろに向かってしてみせる。
 

(……では課長、逝って参ります。

グッドラック)


 社長が取手に手をかけた。
 
 カチャ。


 クロゼットに細い光が射し込んだ。


 せーのっ。
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