③愛しのマイ・フェア・レディ~一夜限りの恋人~
 うひゃあ。

 ドアマンが重厚な扉が開くと、ぱっと目の前が明るくなった。
 白を基調とした明るい店内、円い天井に輝くシャンデリアの煌めきに、燈子は思わず感嘆を漏らした。

 円形に拡がる店内のワイドオープンの窓側には、夜景が美しく拡がっている。
 社長に椅子を引かれ、エレガントに腰かけたまではよかったが。


_どうしよう。
 食事の正式なマナーなんて、社員研修で一度習ったくらいだし_

 言葉や表情こそソフトだが、社長がとても厳しい方だということは、これまでのことでよく分かった。
 
 美味しそう。だけど、でも…

 見てくれだけの変身のメッキは、すぐに剥がれてしまうもの。

 優雅に食前酒の杯を傾けた社長が、目の前に置かれた前菜をじっと見つめるばかりの燈子を不思議そうに見た。

「どうした、食べないの?」
「い、いえ…」

 曖昧に返事をした燈子。
 彼は静かにグラスをおいた。
 
「食事のマナーは勿論大切だ」

 小さな溜め息をついた彼に、ますます俯いた燈子。


「だが。
 食事一番のルールはね、楽しむことだよ」
 
 そういって、控えていたウェイターがびっくりする程の口をあけ、料理を一口で平らげてしまった。

「あ…」

 唖然とする燈子に彼はニコリと微笑んだ。
 
「話し方も姿勢も気にしなくていい。
今からは君の素顔がみたい」

「は…はいぃ」

 もともとが惚れっぽい燈子は、
食前酒だけで酔ってしまったようにフラフラだ。
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