笑顔になれる
笑顔になれる


「もうっ! あったまにきた!」

バタバタと大きな音を立て、インターホンの一つも鳴らさず玄関ドアを開けて入ってきた未菜は、今日もプンプンに怒りをあらわにしている。
今日もと言うのは、確か三週間ほど前にも同じ様な事があったからだ。

ドスドスと立てる未菜の足音にも、心の中にどれほどの怒りが埋め尽くされているのかがよく判る。

「とりあえず、座ろっか」

ニュースをながら視していた僕は、これ以上未菜の力強い足音が続けば階下からの苦情が来そうでヒヤヒヤしながらリビングテーブルの椅子を引いた。
ドスンッと椅子に腰かけた未菜の、その音にも少しヒヤリとする。

長年愛用しているとても古くなったこの椅子を、今のところ新調する予定はない。
寧ろ、このクラシカルな感じが好きだから、できればもう少しこの椅子とは付き合っていきたいところだ。
未菜がふくよかな体型じゃなくてよかったと、椅子を案じて僅かにホッとした事は口にしないでおこう。

「聞いてよ、優」

椅子の具合に気を取られていたら、未菜が腰掛けたまま食いつくように前のめりになって訴えかけてきた。

「うん。聞くよ」

もちろんというように笑みを作りつつも、少しだけ待ってね、と僕はキッチンに立った。

ポットにあるお湯の量を確認して、コーヒーの粉と紅茶のティーパックを手にして未菜の方を振り返える。
ピクリとも頬の緩まない怒りに支配された未菜の硬い表情を見てから、僕はもう一度キッチンへ向き直り、その二つをやめてココアの缶に手を伸ばした。

少し大きめのカップを用意して、バンホーテンにたっぷりのミルクと砂糖を加えてお湯を入れる。
くるくるとかき混ぜると、優しくて甘い香りが漂ってきた。

未菜の前にカップをことりと置いて、僕も向かい側の同じクラシカルな椅子に腰かけた。
僕が腰掛けると椅子は僅かに軋みを上げて、あまり大きな声で騒ぐなよと言っているみたいだった。
大丈夫というように、僕は僅かに座り直してから未菜の顔を見る。

それが合図みたいに、未菜は今日あった怒りの原因を捲し立てるように僕へとぶちまけた。

顔を赤くして子供みたいに僕へと話す内容は、話が前後していたり、同じことを何度か言ったりしていて、僕の頭の中では整理するのに少しばかり時間がかかった。


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