目が覚めると、壁掛けの時計は起床時間より少し早めだった。
 ぼんやりとした意識を目覚めさせるために、何度か寝返りをうつ。
 ベッドサイドのライトは絞ってあるため、部屋は薄暗いままだ。
 ブラインドの向こうには窓代わりのスクリーンパネルがあるが、ユカは外の景色を映したことはない。
 どうせ出られないのだから、見ても仕方がない。
 幼い頃は外に出ることを考えたこともあったが、外に出ることなど現実には有り得ないと悟ると、それ以上の興味を捨てたのだ。
 どうせ、この銀色のドームの中でしか生きられない自分達。
 滅びを迎えつつある人間が最後に創り出したこの建造物は、僅かに血を繋ぐ人間達を保護するために当時の最新の技術を備えていた。
 危機管理や重要な職種はリーダーたる人間が務めるが、実際の作業のほとんどはクローンが行う。
 だから、ユカ達人間がこのドームから外に出る必要は全くなく、もし外に出ることがあるとすれば、それは作業用クローンだけだ。
 純粋な人間は、外に出ることなく、このドームの中で一生を終える。
 さながらそれは、ケージの中で飼われている動物と同じだ。
 檻の中で、無意味な交配を試みる実験動物――それが、残された人間達の役割だった。
 無意味なことを繰り返すことこそが、人間なのだ。
 だから、今日もまた、いつも通りの無意味な一日が始まる。
「――」
 ベッドから出ると、ユカは静かに身支度を整えた。
 寝室を出て、浴室の手前の洗面所へ向かう。
 顔を洗うと幾分すっきりした。
 背中の中程までに届く髪をとかし、簡単に歯を磨くと、ユカは部屋を出て、奥の食堂へと向かう。
 オートドアが開くと、ユカは真っ直ぐ中に入った。
「ユカ!」
 食堂にはすでに〈夫〉達が何人かいた。
 昨日自分を抱いたアズマもいる。
「おはよう」
 いつもの席へ向かうと、さっと椅子が引かれる。
 座ると、すぐに目の前にはプレートが置かれる。
「ありがとう」
 椅子を引いてくれ、朝食のプレートをおいてくれたムトウとササイの二人に礼を言うと、ユカはフォークを持った。
 朝は洋食と決めているユカは、まずサラダに手をつける。
 周りには、ユカと同じ洋食のプレートもあれば和食のプレートもある。
「今日は何をするつもり?」
 向かいの席で、すでに食べ終わってコーヒーを飲んでいたオダが問う。
「いつも通りよ。医局に行くわ」
「また医局か。もっと楽しいことをしたらどうだい?」
「先にジムにも行くわ」
「相変わらず規則正しいな、ユカは」
「別に、不満はないもの。あなた達は不満なの?」
 問い返されて、ユカを囲んでいた〈夫〉達が顔を見合わせる。
「いいや。僕らも別に不満はない」
「そうでしょう? いつも通り。素敵なことじゃない?」
「オダ、ユカの言う通りだ。いつも通り以上に楽しいことなんかないだろ?」
 オザキがユカに同意する。
「そうだな」
 〈夫〉達に囲まれながら、ユカは食事を済ます。
 食事が済めば、後はそれぞれの時間を自由に過ごすのも、いつも通りだ。
 最近の〈夫〉達の興味はクレー射撃だ。
 ユカには何が面白いのかわからないが、その話題で彼らが楽しそうに盛り上がっているのは悪いことではないと思う。
 楽しみがあるのなら、それに没頭するのもいい。
 そこに自分がいなくてもちっとも構わない。

 お互いに干渉しすぎず、一定の距離を保つ。

 死ぬまで付き合わねばならぬ相手達との、暗黙のルールだ。
 ユカは〈夫〉達に挨拶すると、一人でジムに向かった。
 ロッカールームでトレーニングウェアに着替える。
 ジムで身体を動かすのは、嫌いではなかった。
 適度な運動は健康にもいい。
 軽く準備運動をしてからランニングマシンで三十分以上走り、その後は休憩を取りながら筋力をつけるためのトレーニングマシンを使う。
 終わるとシャワールームで汗を流し、着替える。
 シャワールームを出て、ジムの前のラウンジに出ると、ササイがいた。
 同い年のササイは、ユカを見るとにっこり笑って手を取る。
「?」
 手を取られて、ユカは壁際のパーテションで囲まれた休憩用の長椅子に押し倒される。
 ワンピースの前ファスナーに手をかけられれば、それがどういう意味かすぐにわかる。
「ササイ、ここはカメラがあるのに」
「どうせクローンしか見ない。それに誰かに見られてると思った方が、刺激があるだろ」
 言い訳も、いつも強引なササイには通じない。
「医局に行くの。検査があるから――」
「いつも通りつけろ、だろ? わかってるよ」
 ワンピースの前ファスナーを腹部まで下ろされると、胸の谷間が露わになる。
 大きな手が下着ごと胸を揉みしだくと、条件反射で先端が硬くなる。
 フロントのホックが外され、ササイが硬くしこった先端に吸い付くと、そこから甘い痺れが走った。
「ぁ……っ」
 思わず漏れたその声を聞いて、今度は指が開いている乳房を揉みしだき、人差し指が先端を転がすように弄ぶ。
 ユカの身体が仰け反り、息が乱れるまで胸を弄ぶと、ササイの手がワンピースの裾から下腹に伸び、下着を引きずり下ろした。
 脚を開かされ、敏感な襞を舐められると、ユカの身体は一層仰け反った。
「もうこんなに濡れてる」
 ササイは顔を上げると、手早く避妊具をつけ、己の欲望を一息にユカに押し込んだ。
「ああっ!」
 貫かれた衝撃で、ユカの内壁がびくびくと震える。
 ササイは満足そうに笑むと動き出す。
 ササイはアズマと違ってベッドよりもこういう場所でセックスをしたがる。
 ユカは例え感情のないクローンでも、見られているのは正直いやだった。
 だから、最低限カメラから死角になる場所でササイの好きにさせる。
 いつも通り。
 ユカは天井の監視カメラが届かない所にいることに少し安堵しながら、目を閉じてササイに身を任せた。





「もう時間切れよ。ヒロセを待たせられない」
 ササイが果てた後、ユカはササイに告げる。
「ああ。また夜に」
 身支度を整えて、ササイはその場からあっさりと去っていった。
 ユカも乱れた衣服を整えるとパーテションから出てジムのシャワールームへ戻る。
 もう一度シャワーを浴びて、ユカは医局へ向かった。
「ヒロセ、ごめんなさい」
 医局のオートドアをくぐると、そこにはドクターであるヒロセがいた。
 四十を越えているが、まだ十分に若々しい。
「構わないが、何かあったのか?」
「ササイの相手をしていたのよ」
「そうか。なら仕方がない」
「検査だから避妊具をつけさせた」
「今日は排卵日でもないからな。いい判断だ」
 立ち上がって診察室へ向かうヒロセの後について行く。
 ゴム手袋をはめるヒロセの横を通り過ぎて、ユカはカーテンの奥へ入った。
 手早く下着を取ると、カーテンのすぐ前にある診察用の椅子に座る。
「準備はいいかい」
「いいわ」
 ユカの返事とともに椅子が後ろへと傾き、同時に両脚が左右に開いていく。
 椅子が止まる頃には、ユカは横になったまま、両脚を大きく開かされた格好で固定されていた。
 カーテンの向こうの開かれた脚の間にヒロセの気配がした。
 ゴム手袋の感触が襞を探り、内壁を開く金属の器具が入れられる。
 ヒロセの診察は初めてではないので、ユカは黙って身体を預けていた。
「見た限り異状はないな」
「――」
「一応調べておこう。少し痛むよ」
 内壁を掻く感触に、鋭い痛みが走った。
「っ!!」
 もう幾度となく繰り返されてきたことなのに、痛みになれることがない身体。
器具が抜かれて、変わりにヒロセの指が入ってくる。
「痛かったろう。すまない」
 指が労るようにユカの中を蠢く。
「あ……」
 優しく内壁を擦り上げられれば、痛みではない声が漏れる。
 指が二本、三本と増えるたびに、ユカの内部がびくびくと震え、ヒロセの指の動きを喜んで迎えた。
 ユカの身体をユカよりもよく知っているその指は、ユカの感じる部分を的確に捉える。
 横になった診察用の椅子の背に、ユカは身体を押しつけるように仰け反った。
「あ、んっ――」
 ぬるついた指の抽挿が徐々に速くなり、ユカの快感を拾い、高め、追い上げていく。
「は、ぁ、あぁ――!!」
 目をきつく閉じて、ユカは果てた。




 ユカの呼吸が落ち着いた頃、ヒロセは指を抜いて、後始末をしてくれた。
 ゆっくりと、椅子が元に戻る。
 痛みはすでに無くなっていた。
 下着を身につけると、カーテンを抜けてヒロセの所に戻る。
「採血もしておこう」
「ええ」
 袖を捲ると手慣れた動作でヒロセが右肘の内側の血管を探し出す。
 皮膚を抜けて血管に針が刺さる感触も未だに慣れない。
 それでも、血を採る作業は5分もかからずに終わる。
「結果は明後日には出る」
「じゃあ、また明後日に。この時間でいい?」
「ああ。体調で、変わったところはないか?」
「ないわ。いつも通りよ」
「わかった。これを届けてくれ」
 ヒロセは机の上にあった袋をユカに渡す。
「いつものやつね」
「ああ。今日は調子が良いようだが、薬を飲むのはきちんと確認してくれ」
「ええ」
 薬の入った袋を持って、ユカはヒロセの部屋を出る。
 緩やかなカーブを描く廊下を歩き、エレベータに一番近い病室のオートドアをくぐった。
「マサト、起きてる?」
 声をかけながら奥へ進むと、ベッドの上の人物が答える。
「起きてるよ。おはよう、ユカ」
 返ってきた答えに、ユカはどの〈夫〉達にも見せない満足そうな笑みで、笑い返した。