青と口笛に寄せられて
プロローグ


グレーのニット帽。

おっきなゴーグル。

真っ黒のネックウォーマー。

ダークブラウンのダウンジャケット。

黒い手袋。

ごっついスノーブーツ。

ぐんと背の高い、たぶん、男の人。



「よく頑張ったな」



そう言ってくれた声は、くぐもっていた。
ネックウォーマーに埋もれて聞き取りにくいはずのその低い声が、やけにしっかりと耳に聞こえてきたのはどうしてなのか。
それは私にも分からない。


黒い手袋をはめたその手に引き寄せられて立ち上がった私は、ものすごい吹雪の中で泣いた。
声を上げて泣いた。
死ぬかと思ったから。
もうダメだと思ったから。


どうせ私なんて、って思ったりもしたけど。
こんな吹雪の中で凍死した状態で見つかるなんて一緒に旅行に来てくれた歩美にも申し訳ないし、東京にいる両親が悲しむのも目に見えていた。


だから生きたい。
そう思った。


ポン、と頭の上に何かが乗ったのが分かって顔を上げると、その人の手が乗っていた。
大きな手が私の頭を何度かくしゃくしゃ撫でると、


「ここから早く抜けよう。みんな心配してる」


と言った。
コクンとうなずいて、どうにか涙を止める。
ところが、その人が歩き出したから私も歩こうと足を踏み出したものの、ちっとも動いてくれなかった。
ズキン、と右足首が痛む。


あ、さっきよく分かんないところですっ転んで、足を捻ったんだっけ。
こりゃ歩くのに気合いが必要だぞ。
お腹の奥に力を入れて、おりゃ!と歩こうとしたら、さっきの人がしゃがんで私に背中を向けてきた。


「おんぶする」


ゴーグルやらネックウォーマーやらで見えない顔を、こちらに向けてくる。
なんて優しい救助隊の人なんだろう、って感動しながらその人に身体をあずけた。


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