スリーピングナイト
スリーピングナイト







「…カサカサ…」





決して広くない、けれど、それほど狭くもないから、わざわざピッタリくっつかなくても大丈夫。そんなベッドの上。
彼はそれでも、私のすぐ傍で眠るから。
唇が乾いてることさえも分かってしまうほど近い距離に、今日も君は居た。





■ ■ ■




徐々に意識がはっきりとしてきて、うっすらとした視界に広がったのは見慣れた白の天井。
特に何も変わったこともなく、枕元に置いてある時計の秒針が動く音だけが聞こえる。そういえば、今は何時だろうか。


時刻を確認しようと身をよじると、あれ、おかしい…体が動かない。
というより、なんだ右側に温もりを感じる気がする。


ちらっと自分の右側を見ると、いつの間に来たのだろう、彼がいた。大層、気持ち良さそうな顔をして。
がっちりと私の腕を掴んでいる、現行犯だ。




わ・・・




突然のことすぎてすぐにそれを認識できなかったのは、きっと寝起きのせいではないだろう。
うん。


私がベッドに入ったのは、確か日付を一時間ほど過ぎた頃だった。窓を見ても外はまだ暗い。もしかして、そんなに時間は経ってないのだろうか。彼はいつ、この部屋に戻って来たんだろう。
…いや、何時でもいいか。君といられるなら、どんな時間でも。
猫のように気まぐれな君が、私の部屋に来ること自体ほとんどないのだから。





「珍しいね、いつもはぷるぷるで完璧なのに」





隣で寝ている彼は、口をちょろっと開けてなんだか無防備。


ふいに目に入った唇が思いの外近くて、仄かに顔が熱くなってしまうことを誤魔化すように、そう茶化してみる。
彼は、起きないけど。


普段はすごく完璧な人だから、こういう姿が貴重だと思う。
その綺麗な顔と均整の取れた体躯、紳士的な態度で、彼を求める女性は数多い。彼自身、そんな状況を楽しんでいろんな人とお付き合いをしているようだ。そんな彼女たちの何人が、こんな無防備な姿を見たことがあるのだろうか。


変に目が覚めてしまったので、すぐに寝つけそうにない。少しだけ、彼の寝顔を堪能させてもらおう。
いつもは寝つきが良いせいで、私はすぐ眠ってしまう。今日こそは、なんて意気込むんだけれど…。彼が側にいると、つい温もりが心地よくて、気づけば先に寝ているのだ。


そう、だから。
彼のぐっすりな寝顔なんてほとんど見れたためしがない。まじまじと見つめるとか、ちょっと気持ち悪いとは思うけれど、良いのだ、そんなこと。

だってこんな時じゃないと、私みたいないつでも待ちぼうけを食らっている平々凡々な女が、唇の乾き具合なんてマニアックなとこ、気づかなかっただろうし。

どうせこんな状況も一時の気まぐれで、きっといつかは私の元になんて来なくなるのだから。
起きるかな…なんて少しドキドキしながら、それでも彼の見かけよりも柔らかい髪の毛を弄ったりして。
そうやって一通り満足したところで、タイミング良く眠気が襲ってきた。



決して広くない、けれど、それほど狭くもないから、わざわざピッタリくっつかなくても大丈夫。そんなベッドの上。
彼はまるで、大切なものを扱うかのように優しく私に腕を回しているから。




「おやすみ…」




遠慮なくその腕に包まれて、また、眠った。





どこまでもずるい人と知って近づいたのは私。夢中の後、もう、戻れない。




だからこの静かで幸福な時間が、どうか、永く続きますように




そう、願って。





fine.


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