雪国ラプソディー

私、参っています。



突然ですが私、参っています。



「浅見さーん、外線9番に元カレからー」

「相川さん、元カレじゃないです……」


最近の朝はいつもこうだ。明らかに周りが楽しんでいる。私はため息を吐いてから受話器を上げた。


「お電話代わりました、浅見です」

『おはよ、浅見ちゃん』


相変わらずの楽しげな村山さんの声。全ての元凶のはずのこの電話は、最近では日課のように思えてしまうから不思議だ。


『浅見ちゃんに電話してることがバレて怒られたんだよね』


ホント堅いよなー小林さん、と愚痴られる。どんなに怒られてもめげないところは、ある意味村山さんの長所だと思う。怒られているところが容易に想像できて、思わず笑ってしまった。


『ところで。浅見ちゃん、小林さんと何かあった?』

「何かって……別に何もないですけど」


小林さんがとんぼ返りしてからも、何が変わるわけでもなくいつも通り毎日を過ごしている。特に向こうから連絡が来るわけでもないし、私から電話することもない。


『ふーん。最近小林さんの機嫌がいいから、てっきり浅見ちゃん絡みかと思ったんだけどな』

「……そうなんですか?」


意外だ。
あの小林さんが、傍目から見ても機嫌がいいなんて。


「あ、チョコレートはいただきました。そっちで最近人気のお店らしいですね」


あれは美味しかったなあ、とチョコレートの滑らかな食感を思い出していると、村山さんが大きな声をあげた。


『……え、本当に?!』

「そんなに驚くことですか?」

『そりゃ驚くよ。だってあの店、結構並ばないと買えないから』

「え?!」


僕もまだ食べてないのに、とぶつぶつ言っている村山さんの声が遠くに聞こえる。


(え、え? どういうこと?)


あの時は、さも何でもないことのように言っていたけれど。寒い中、並んで買ってくれたのかもしれない。

私のたどり着いた結論。

小林さんはやっぱり優しい。


(参っちゃうよね……)


結局最後はまた営業部宛てだった村山さんとの電話を終えて、窓の外を見る。

浅春の陽射しが明るい。あの空のもっとずっと向こうの雪国は、今どれくらい雪が残っているんだろう。そこで小林さんも頑張っているんだと思うと、私も勇気をもらえる気がする。


今回は残念ながら行けなかったけれど、もし、次の機会があるのなら。

今度こそ、たくさんの話に花を咲かせたい。


もうすぐ訪れる、まぶしくも鮮やかな春の景色のように。




【終わり】


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