恋の後味はとびきり甘く
8. 初めての人
 午後八時に“CLOSED”の札をかけて店のシャッターを半分下ろした。売り上げを計算してレジの中の現金を金庫に納め、掃除をすれば閉店作業は終わりだ。店のガラス戸に施錠し、シャッターを下まで下ろして鍵をかけて、店の横の路地に駐めていた自転車に跨がった。母と住んでいたマンションは電車で二駅のところにあるが、交通費の節約と運動のため、モン・トレゾーには自転車で通っている。

 四十分近くかかって帰宅したのは、住宅街にある七階建てマンションの三階の部屋。母が離婚後しばらくして中古で購入したもので、もう築三十年になる。それなりに傷んではいるけど、母と暮らした約二十年の思い出の詰まった部屋だ。

「ただいまぁ」

 誰もいないリビングでつぶやいて、ソファに手提げバッグを置いた。冷蔵庫を開けて、作り置きしていたグラタンを出し、オーブンレンジに入れてセットする。グラタンが焼き上がるのを待つ間、ソファに座ってバッグからスマートフォンと涼介くんにもらったメモを取り出した。

 キレイな字で書かれた十一桁の数字を見ながら、どんなメッセージを送ろうかと考える。

『こんばんは。小谷です。携帯番号、ありがとうございました。バイト、終わったかな? お疲れさまでした。またメールします。』
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