平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
3.スきになってはダメな人
3.スきになってはダメな人


今日ばかりはノー残業デイ。
社員一丸となって仕事を定時で終わらせ、会社の近くにある社長の知り合いの日本料理屋へ集合となった。

数日前に退院したばかりだという社長の挨拶から始まった宴会。ビール瓶片手に、畳の上をお酌して回るのは、女子社員に課せられた暗黙のルールで。

本音を言えばこれが苦手だ。対して話したことのない人のところにも行かなきゃいけないし、捕まって意味不明の話を聞かされたり、セクハラ一歩手前を受けることだってある。
なにより、自分は呑めもしないし食べられない。

お酒なんて、勝手に自分のペースで呑んだほうが美味しいだろうに。

ほとんど減っていないグラスに無理矢理注いで愛想笑いを浮かべ、一回りが終わるころには、だいぶ場がほぐれてきていた。
社長がまだ無理ができないということで後ろ髪を引かれながらも退場してしまい、こうなってしまえばもう無礼講。

わたしはさっさと席に戻って、手酌でビールを一気飲みする。ほとんど手を付けられていない皿に箸を伸ばして、すっかり冷めてしまった料理を空っぽになっていた胃に詰め込み始めた。

ここは暑気払いや忘年会などで何度も使われているお店で、この辺りではそこそこ名も知れている。出される料理だって、それなりに美味しいと思っていたんだけど。

――なんか、違う。

品良く盛られた筍の土佐煮を飲み込んでから、ふっとため息をつく。
今日のお弁当に入っていたイカと大根の煮物の味が思い出されて、そっと箸を置いた。

口の中に残った違和感をビールで流していると、右手にビール瓶、左にはお銚子をぶる下げた脩人くんが横にぺたりと座ってきた。

「やっぱりビールですか?」

半分ほど空いたグラスにとくとくと追加される。

「今日の主役にお酌してもらうなんて、悪いわね」
「これも、新人の務めですから」

しれっと答えてテーブルにビンとお銚子を置く。
すでにだいぶ呑まされたのかもしれない。色白の目尻がほんのりと朱くて、女の子みたいだ。社長といっしょで、あまりお酒には強くないのかな。

「ウーロン茶でも、もらってこようか?」

立ち上がろうとしたわたしがテーブルについた手に、脩人くんが手を重ねて止めた。
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