平凡な毎日に恋という名の調味料(スパイス)を
* ミリン男の平凡だけど非凡な一日【後日談】
* ミリン男の平凡だけど非凡な一日 【後日談】

午前6時。橘晃(たちばな あきら)の一日は、頭に直接響く振動から始まる。
目覚ましを掛けて枕元に置いたスマホは実に仕事熱心で、毎日毎朝、違わずに同じ朝を知らせてくれていた。

「んん~」

立秋が過ぎたとはいえ、まだまだ夏真っ只中。遮光カーテンを閉めた隙間からは、容赦ない熱を持つ朝日が差し込んでいた。
眩しさと眠気で開かない眼のまま手だけでスマホを探り当て、半ば無意識で操作してバイブを止めると、再びベッドにバタリと伏せてしまう。

187センチの長身が納まるように特注したベッドは、縦だけでなく横幅も十分ある。手足を目一杯伸ばすことができるここは、彼にとってこの上ない快適な場所だった。

だが非情にも5分後にはここに別れを告げることになる。

ベッドでいっぱいの寝室の出口付近で、甲高い電子音が晃を呼ぶ。デジタル式の目覚まし時計が鳴りだしたのだ。
耳障りな音を消すため、ロータイプのベッドからずり落ちて匍匐前進を始めるが、この時点でもまだ、瞼は閉じられたままである。
音源に手を伸ばして、裏についたスイッチをパチンと切って力尽きた。

三分の一くらいは覚醒を始めた頭で、毎回思うことは、

「スヌーズ機能って、意味ねーな」

という、身も蓋もないこと。

行き倒れのように床で俯せになっていると、今度はリビングから大音量のベル音が家中に鳴り渡る。
晃としては放っておいても熟睡できるのだが、このマンションの壁にそれほどの防音効果は望めない。ドアノブを支えに使いながらなんとか立ち上がると、そこでようやく薄目が開いた。

ぺたりぺたりと歩く裸足の足裏から伝わるフローリングの冷たさが、徐々に晃の思考を目覚めへと向かわせていく。
リビングにあるローテーブルの真ん中に置いた目覚ましを殴りつけるように叩いて止めると、ソファにどさりと座り込んだ。

このときすでに午前6時15分。

ぐんっと両腕を天井に突き上げ伸びをすると、洗面所で顔をバシャバシャと洗った。
真冬ならこれでかなり目が覚めるのだが、水が温く感じるこの季節ではいまいちスッキリしない。晃はシャワー水栓を引き延ばすと頭にも水を被る。
タオルで滴る水をゴシゴシと拭きながら、寝間着代わりのTシャツと短パンからズボンだけを履き替える。
タオルを洗濯籠に放り込んで、湿り気の残る髪を無造作に手櫛で撫でつけると、晃は玄関を出た。
< 70 / 80 >

この作品をシェア

pagetop