窓ぎわ橙の見える席で

記憶をたどって行きついた先



ランチタイムの忙しい時間帯が過ぎ、オーナーに「休憩入ってきていいよ」と言われたので、私とパートの仁志さんはそれぞれお弁当を持ってお昼休憩に入った。
最近はポカポカ陽気が続いていて、仁志さんのススメで外でご飯を食べることが増えてきた。


その日も「今日は外で食べましょうよ」と誘われて、お店を出て数メートル先にある錆びれたベンチに腰かけて女2人がお弁当を広げた。


仁志さんとおかずを交換することが多いので、お花見しているように2人の間にそれぞれのお弁当箱を置いて、好きなように食べる。


私が作った肉巻きアスパラを食べて幸せそうな顔をする仁志さんに、昨夜の「先生」と呼ばれていた男の話をしてみた。
彼女は昼間のみのパートなので夜は不在だから、彼のことは知らないとは思ったけどなんとなく尋ねることにしたのだ。
すると、驚いたことに仁志さんは当然のように「先生」を知っていた。


「あぁー、先生ね!あらら、昨日来たんだ〜。そっか、つぐみちゃんが入ってから初めてなの?じゃあここ1ヶ月よっぽど仕事が忙しかったのねぇ。あの人、残業が無ければ夜ご飯は基本的にうちのお店で食べるからね、覚えておいた方がいいわよ。春休みとか夏休みなんかはお昼ご飯もうちのお店で食べるし……」

「なんだか学校の先生みたいな言い方ですね」


単純にそう思ったから言っただけなんだけど、仁志さんは当然だと言うように訝しげに首をかしげた。


「その通りよ?学校の先生よ、あの人」


それを聞いて、一瞬の沈黙。
その場を取り繕うように「ソウデスカ……」とつぶやく。
すると、仁志さんはアハハと笑い声を上げて楽しそうに手を叩いた。


「もー、つぐみちゃんたら素直な反応ね!あんな身なりで教師なんて世も末、とか思ったんでしょー?」


いやいや、教師のくせに服を買う余裕も無いなんて有り得ないから、少しくらいマシなファッションをしたらどうかと思っただけ。
世も末だなんて思ってないぞ、私は!
それは仁志さんの心の声ではないか〜!


苦笑いして言い返さないでいると、ひじきの煮物の中にある豆を器用に箸でつまみ出した仁志さんが、それを口に放り込みながら「あ!」と思い出したように私を見つめてきた。


「つぐみちゃんって、もしかして通ってた高校はすぐそこの海明高校?」

「はい、海明です」

「それなら話は早いわね。彼はそこの生物の先生なのよ〜」


それで少し納得した。
私の出身校でもある海明高校はわりと古くからある学校なのだ。
でも自由な校風をアピールしていて、制服以外の身だしなみに関してそんなに口うるさく言ってこない。
学力は県内でも中くらいで、非常に入りやすいところ。
家からも自転車で通える範囲だし、家政科学部の顧問が東京の調理専門学校で講師をしていたという人がやっているって聞いたので、早くから調理師を目指していた私にはうってつけの高校だった。


私が通っていた頃から、教師も生徒も緩い人が多かった。
だからこそ、あの人はそこで教師をしているのだろう。
普通のきちんとした学校なら、きっと教頭先生とかに服装を注意されてしまうんじゃなかろうか。

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