顔も知らない相手

♯04


『逃げるなよ』
なんのことだかさっぱりだ。
まだあれから翔とは会っていない。
もうすぐ4週間が経とうとしていた。
優梨ちゃんとは時々私のチャット部屋に来てくれて会っているがその伝言をもらってからは1度も会っていないようだ。

チャット住民が急にいなくなるなんて珍しいことでも何でもない。
だから別にいいじゃないか。
話す相手なら山ほどいるだろう。
なにも翔1人に執着する必要はないのだ。
そう自分に言い聞かせている時点でもう自分の中で翔という存在は大きくなっていると認めていることに私はまだ気づかないフリをするのだろうか。
だって会ったこともなければ顔もわからない、チャットという場所がなければ話もできなくなってしまうのに…。
そんな相手のこと好きなんておかしいじゃない。
何が一番おかしいってこんなことにいつまでも頭を悩ませてる今の現状だ。
『逃げるなよ』この言葉が今自分の中で何度も繰り返される。
きっと翔が言っていることはもっと別の意味だろう。
しかし今私が逃げてる事といえばこの気持ちからだ。
翔のことを特別だと認めない、認めたくない、でも会えないと辛いし寂しい。
聞き飽きたラブソングのお決まりの歌詞みたいな気持ち。


「なぁー冬華(とうか)。」
私はぼーっと呟くように前の席に座っている友達の冬華に声をかけた。
今は学校の1限目と2限目の間の休み時間だ。
その弱々しい声が届いたのか私の方に顔を向ける。
「どーしたんですかー?」
冬華は自分の右手で拳を作り私の口元まで近づけてきた。
どうやらマイクに見立てて私の返事を待っているらしい。
「もしさー顔も知らん人のこと好きになってその恋愛が成功する確率はどれぐらい?そもそも顔も知らん人のことが好きっておかしいやんな」

ほうほう・・・。
冬華はニタっと笑みを浮かべた。
まるで子どもがおもちゃを見つけて嬉しがっているようだ。
「それは恋愛相談でよろしいですね?」
わざとらしい確認を入れて冬華は勝手に話し始める。
「顔を知らん状況がまずどんなんか分からんけどそれってその人の性格が好きってことやんなー?最近の子は顔が好き~ってほとんど外見で判断する子も多いやんか?でも外見に惑わされんでその人の中身を好きになれるって良いことなんじゃないんかな」
あれ、意外に真面目に答えてくれていることに驚きを隠せない。
それにすごい今自分が欲しい言葉を分かっているかのような返答。
「かといって顔や見た目も大事な部分ではあるけどな」
とやっぱりいつも通りのちゃらけた言葉を付け足してくる。
「そっかー中身が好きってことになるんか。」
また小さく呟く私に冬華はそうそうと頷きその顔は少し得意げな表情に見える。
「それじゃもうひとつの問いにもこのワタクシが答えてあげましょう」
もうこの顔はいつものふざけている時の冬華の表情だ。
「恋愛に100%も絶対もないです。顔が分かっていようと分かってなかろうと成功させるにはそれ相応の頑張りが必要です。」
この子はほんとに・・・。
なんでこんなに反応に困る言葉を言うかな。
正論過ぎて何も言えないよ。
絶対ふざけて答えると思ったのに本気の悩みには真面目に答える彼女の切り替え方に尊敬すら覚える。
かと言ってこの雰囲気も私たちの空気には馴染まないので軽くツッコミを加える。
「なにキャラやねん」
関西人にはツッコミがないと会話が転がらないからついつい間に入れてしまう。
チャットでは関西人であることをを隠しているわけではないが方言が混ざると読みにくい人もいるだろうとなるべく標準語で話すようにしている。
かといって関西人の血が騒ぐので所々ツッコミを入れてしまうのだが…。
冬華はてへ。と語尾にハートがつきそうな声色でぶりっこをする。
長身でロングのストレート髪が似合い、愛着のある可愛らしい顔で笑う彼女が行うと効果覿面だ。
話が一段落着いたところで丁度2限が始まるチャイムが鳴った。

やっぱり一人で悶々と考えるより誰かに聞いてもらった方が突破口が見つかるのかもしれない。
何時間前よりずっと気分が楽になっているのが分かる。
こうなってくるともう自分が翔に特別な想いを抱いていることは認めているようなものだが。
認めたからには冬華の言う頑張りが必要なわけで・・・。
でもそれも翔がチャットに来てくれないと何も出来ないわけで・・・。
あれ?これ突破口見つかってないんじゃ…

ほんと恋愛って難しいな。
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