顔も知らない相手

♯05

「久しぶり~」
彼からその言葉が聞けたのは自分の気持ちを認めてからしばらくしてからだった。
いつものように自分のチャット部屋を建てようとしていたときパッと画面を見ると久しぶりに見るチャット部屋とその主の名前。
あ・・・。翔だ。
私は急いでそのチャット部屋へ入室する。
「おーsoraさん、久しぶり~」
いつもの能天気な挨拶が今の私にはすごく嬉しい。
そして同時にこんな気持ちになるのは自分だけということを突きつけられたようで嫌気がさす。
「ほんとに久しぶりだね。生きててよかったよ」
私がそう素っ気無く返すと
「えw俺死んでる設定にされてたの!?ひどい」
とおちゃらけた様子で返す翔に安心した。
なにも変わってない。
またこの場所で話せるのかな。
「まぁ冗談はこのへんでw忙しかったの??」
忙しかった理由とその状況が一段落したのか、まだ終わっていないのか、終わっていなければまたしばらくチャットには来ないのか、私の頭は捕まえたからには逃さないという様に翔への質問が溢れている。
「まぁねー」
しかしその一言で片付けられた。
これ以上聞くな。と線を引かれたような気がした。
空気を読まずもっと押すこともできたがそれをしてしまうと今までの物分りがよくて息が合った心地いい関係が壊れてしまうと思った。
私もあまりそのことには触れないようにしてその日は別の話をしながらチャットを楽しんだ。

毎日のように来ていた翔はあれから2日~3日置きぐらいのペースでチャットに来るようになった。
それでも4週間以上も何も分からずいなくなった日を思えばどうってことない。

「今日もsoraさんいるじゃん。さすが暇人~」
だって翔に会いたいんだからしょうがないじゃない。とは言えない。
「うるさい。忙しい合間を縫ってきてるんですーー」
またこんな感じで翔との掛け合いをする。

そんな時、翔が少し真面目な雰囲気を作り話し始める。
「俺しばらくチャット来れないわー。ちょっと忙しくなってきてさ」
私だけではなくいつも集まって会話するメンバーたちも口々に「それは寂しい」と文字に打っていく。
しばらくってどのぐらい?その疑問が頭に浮かんだとき同じことを思ったメンバーが翔に聞いた。
翔が答えるまでには1分ほど間が空いた。
いつも文字が交差している画面にこの瞬間は翔が発言するまで誰も文字を打とうとしなかった。
「んーー1年ぐらい?wwわかんね」
そんな曖昧な答えが返ってきてまたメンバーはそれぞれ発言を打っていく。
1年も!?、長いねー、どーしたの?などきっと思うことは同じなのだろう。
そうやって話をしていくうちに夜も更けてどんどんメンバーが退室していく。
翔に「またねー」「暇になったら来いよ」「がんばってねー」と言葉を残して。
私はみんなが驚いてたくさんの言葉を打っていくときあまり文字を打ち込まなかった。

翔と話せなくなるのはほんとに寂しいけど所詮チャットだ。
翔がいなくなったところでこの場所は変わらないし無くならない。
またいろんな人と話をしてそうしたら話が合う人も出てくるだろう。
固執する必要なんてどこにもない。

またこうやって自分の気持ちから逃げるので精一杯でみんなみたいに素直な気持ちを打てなかっただけだ。

「翔。ほんとにチャット来ないの??寂しいな」
大事なところで意地になっても仕方ない。
自分の気持ちを認めても素直になれなければ意味がない。
チャットなんてそもそもが顔も見えない正体なんてわからない相手なんだ。
当たって砕けても後腐れはないんだ。

「おっsoraさんが素直だww」
意外だね~とこんな時でも人のことを小馬鹿にしてくる翔に思わずまた反発しそうになる。
「私はいつでも素直やし」
またこんな可愛くない返事をして・・・。
でも少しの勇気を出して気持ちを伝えたことで変わったんだ。

「はいはいwそんな素直な子には特別に僕の連絡先を教えてあげようではないか」
そういうと翔はチャットサイトにある個人に送れるメッセージ機能を使って私に連絡先を送ってくれた。
チャットしてて特に仲のいい子には他にも連絡先交換した子がいるんだよ、まぁいらなかったら消しといて。とあっさり言葉を残す彼がくれた連絡先を見て自分の口角が上がるのがわかった。
仲がいい子…。そして連絡先をくれるということはそれなりに信用しててこれから話せなくなるのが寂しいなと少しでも感じていると思ってもいいのかな。

翔とのつながりがまた少し見えてきたような気がした。

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