メルヘン・メンヘラ
仁。
「話がある。この人は橋本京。今日から、われらが、ギルティ・ギルティのボーカリストとなる。以上。何か質問は?」

相変わらず仁の話は一方的である。

質問はもちろんある。橋本に。

「橋本さんに質問なんだけど、なんでうちのバンドに入ろうと思ったの?」

「………汚くないから。」

仁も相当に変わっているけど、橋本もそれに引けを取らない。
汚くないってどういうことだ?

「他は?ないならもう終わり………。」

「俺から一つ、質問したいんだけど、橋本さんって何か楽器できるの?」

「できない、何も。」

「あ、そうなんだ。実は、俺も、雅も、入学してから楽器を始めたんだ。だから、心配しなくてもいいと思うよ。」

「別に、心配してない。歌うだけだし。」

会話がうまくつながってない。
コミュ症か。

虹は、またも怪しげに僕に近づき、耳打ちをする。

密談
「雅、橋本の事を適当に褒めとけよ。褒められて悪い気がする女子なんていないって。」

「そうか。じゃあ、可愛いね、とか言っておけばいいの?」

「ちゃうよ。女心というものを分かってないな。そんなあからさまに言っても逆に気分が悪くなるよ。」

「まあ、頑張ってみるよ。」
密談終了

「は、橋本さん。」

何どもってるんだよ、みたいな顔で虹は僕を見ている。

「あ、マスク、似合ってますね。」

虹は心の中で盛大にずっこけただろう。
僕も、自分の臆病さに、チキンさに、脱帽したくなる。
褒め方がよく分からないからと言って、マスクを褒めるとか論外すぎる。

「ん~。」

橋本は、あからさまに戸惑っている。
初対面のやつに、マスクを褒められるというシュールな現状を理解するのは容易いことではない。

「あ、うん、ありがとう。」

なんか、お礼の言葉がたどたどしすぎる。

「うん、あなたも似合ってるよ。」

取ってつけたようなフォローはやめてください。
余計に傷付くだけなのです。

「もしかして、橋本さんも花粉症ですか?」

自然な流れで共通点を探す作戦に出たチキン安田雅。

「いや、違うよ?」

あれ?
予想していたシチュエーションとちがうぞ?

予想していたシチュエーション
「私も花粉症なんだ。」
「ああ、、僕もだよ」
「花粉症って大変よね。」
「そうだよね。あはは。」
「あはは。」
以上。

花粉症から話を広げ、場を盛り上げるという完璧な作戦が、一瞬で崩れ落ちた。

「あれ、じゃあ、なんでマスクしてるの?」

「風邪予防。」

妥当な回答だった。
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