ナイショの恋人は副社長!?
抜擢

 
月曜日。敦志は、出社早々に社長室にいた。

「本日は、いよいよHimmel(ヒメル)社との約束の日ですね」
 
資料を手に取り、大きなデスクの前に立つ敦志は、そう言って紙を捲る。

「まぁ、半分もう契約は決まってるようなものだ。形ばかりの顔見せというところか」
 
頬杖をつき、目線はパソコンの画面のままで素っ気なく返事をするのは、社長の純一だ。
けれど、そんな態度にも敦志は慣れているようで、不満げな表情もせずに話を続ける。

「このまま、何事もなく話が進めばいいですね」
「なにがあるっていうんだ? 問題なんかないはずだ」
「本当に、いつも強気でいらっしゃいますね。社長は」
 
純一は椅子を軽く回転させ、長い足を組む。そして、軽く溜め息を吐いた。

「そういうお前は、相変わらず慎重というか、心配性というか……」
 
半ば、呆れたような視線を向けられた敦志は、目を伏せてメガネのブリッジを押し上げる。

「仕方ないでしょう? 昔からそういう性分なんです」
「……疲れそうな話だな」
 
苦笑いを浮かべる純一は、普段の刺々しい雰囲気からは打って変わって穏やかな表情をしていた。
純一の横顔を見て、敦志はにっこりと微笑む。

「裏を返せば、それが生きがいみたいなものなので、どうぞご心配なく」
 
どこか嫌味交じりなその言い方は、悪意を感じるものでは無かった。
ふたりの関係は、そのような冗談も通じる仲のようで、互いに短く息を漏らして笑う。

そこに、一本の電話が入った。
内線のコール音に反応して、純一が受話器を取る。

敦志は、すぐ側で会話を聞き、大体の内容を予測していた。
電話を終えた純一が受話器を戻すや否や、敦志が開口する。

「もしかして……。もうお見えになったんですね?」
「社長のご令孫だ。今回は、半分観光気分ででも来たんだろ」
「ともかく、すぐに応接室へ移動しましょう。書類もすぐに……」
「書類や部屋の準備は、芹沢がもうしてる。秘書の仕事は秘書に任せて、お前は副社長として隣に座っておけ」
 
純一にそう言われ、敦志はひとつ咳払いをして「承知しました」とひとこと答える。
ふたりは、すぐに社長室を出て、応接室へと向かった。
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