その時にはもう遅かった
もう
夏目康生、26歳。

企画部所属の1期上、なぜ私が君付けだったかというと私の同期が夏目くんと呼んでいたからだった。

だから自然と私も夏目くんと呼んでいたらしい。

でも向こうは適度な距離感を保つ話し方で決してなれなれしくはしてこない。

仕事は際立って出来るという訳でもなく普通。

しかし動じない冷静さは評価が高く、突発業務やアクシデント対応は彼に任されることが多いと聞いた。

内心は穏やかじゃないにしろ淡々と業務をこなすその姿は周りに安心感を与えるのだという。

でも、でもでもでも、それはあくまで仕事の話。

ちょっと方向性を変えて私生活になってみれば。

「神埼さん、今日の夜は空いてますか?」

「わっ!」

いつの間にか背後に立たれ、何の予告もなしに声をかけられて肩が跳ねた。

振り向けば奴がいる。

私は爆走する心臓と共に小刻みだが何回も繰り返して首を横に振って抵抗した。

あれからずっと、とはいえ頻繁ではないけど誘われることがある。

その度に言葉なく首を横に振って拒否の気持ちを示すのだ。

「じゃあまた今度。」

いつまでたっても踏み込もうとしない夏目くんはあっさりと帰っていく。

「あ、そのピアス神埼さんによく似合ってる。綺麗です。」

私を真っ赤に染め上げる威力抜群の爆弾を落としていくのも忘れずに、だ。

やはり周りに誰もいない絶妙なタイミングで現れるから誰に気付かれてはいない。

私は頭を抱えるようにして俯き、必死に平常心を取り戻すのだ。

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