女神は夜明けに囁く~小川まり奮闘記③~
第3章 逃亡

1、母の忠告



 彼は頭を冷やしに行ったんだと判っていた。だから、その内にここへ戻ってくる。

 だけど、私はそれを待つつもりはなかった。

 話し合いにすらならない様相のときから決めていたのだ。私は、ここを出ないといけない。

 このままでは彼に憎しみを抱くかもしれないと思っていた。そして、二人とも、相手に思いは伝わらないかもと絶望するのが、目に様々と見えるようだった。

 時間が必要だわ。ちゃんと呼吸をする時間が。

 私は一人で頷くと、手の平の手当てをし、テーブルを片付け、洗い物をしてから服に着替えた。

 そして身の回りのものをざっとまとめて大きめの鞄に詰め込む。旅は慣れてる。荷物は少量にまとめられる。

 お気に入りの場所、庭に出れる縁側がある廊下に出た。そして化粧ポーチから口紅を出す。

 かなり前に行った海外旅行で小銭を使い切るために買ったシャネルのルージュ。だけど好みの色ではなくて、使わないままだったそれを捻って出し、廊下の大きなガラス戸に文字を書きなぐった。

『頭を冷やす必要があるわ。しばらく、さようなら』

 ルージュでは柔らかすぎてうまく書けないってことが判った。小さい頃に観た「魔女の宅急便」てアニメのオープニングに使われていた松任谷由美さんの曲「ルージュの伝言」に憧れていたから、一度やってみたかったのだ。

 だけど、綺麗に書けなかった。洗面所の鏡だとうまくいくのかしら・・・とぶつぶつ言いながら、折れた口紅をゴミ箱に突っ込んだ。そして台所の電気だけをつけて、さっさと家を出た。


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