イジワル同期とスイートライフ
「まさか見通し会議、今まででした?」

「そうなんだよー、ようやく終わって一服してきたとこ」



疲れた表情で、このフロアの喫煙所のほうを親指で指す。

関係者と一緒になるのが嫌で、わざわざ違う階まで出てきたんだろう。

喫煙者同士、気持ちがわかるらしく、「お疲れさまです」と久住くんもいたわるような声で言った。



「幸枝さん、同通の言語を増やすのって、予算的にいけると思います?」

「どのへん?」

「英中です」

「問題ないかも。さっき購買と話したらね、バスツアーの見積もりがまだかなりおおざっぱだったらしくて、つつけば圧縮できそうなんだって」

「ほんとですか」



それは朗報だ。



「ほかに手厚くしたい言語があれば、一緒に検討するけど」



尋ねられた久住くんが、ちょっと考え込んだ。



「もし可能なら、イタリア語を。最近取引を始めた大手のトップが来るので、なるべくストレスを減らしてやりたいんです」

「ヨーロッパなのに、英語じゃダメなの?」



訊いた私を見て、うなずく。



「欧州こそ、自国の言語で押し通す習慣があって。英語ができない、もしくは使うのを嫌う人間がけっこういるんだ」



へええ。

世の中、知らないことだらけだ。



「了解、やってみるよ、それじゃ」



幸枝さんが男らしく快諾して、にこっと笑い、去っていく。

私より5センチほど小さいけど、いつもぴっと背筋が伸びていて、しゃきしゃき気持ちよく歩く姿は大きく見える。

ツアーの費用が減る分で、ほかになにかできないかなと考えていたら、久住くんが横目でちらっとこちらを見た。

< 62 / 205 >

この作品をシェア

pagetop