309.5号室の海
◇◇◇3.


最近、週に1度はここに通っている気がする。
ヘタレな私の、精いっぱいのアピールのつもりなのだけど、はたしてそれに気付いてもらえる日は来るのだろうか。


「どうぞ」

「あっありがとうございます!」


蒼井さんがカウンターにスッと差し出してくれたのは、綺麗なルビー色のサングリア。
そっと口をつけて、こっそり蒼井さんの顔を盗み見た。
相変わらずの無表情で、背筋の伸びた立ち姿に、知らずのうちに胸がきゅんとなった。


「今日は仕事忙しかった?いつもより遅い時間だけど」

「ちょっと急ぎのものがあったので。残業してきました」

「大変だね」


蒼井さんはただ挨拶だけじゃなくて、気にかけてくれることが増えたように思う。
今思えば、こんな風に話せるようになったのは、おそらくもうそろそろ駆けつけてくるだろう人のおかげだった気がする。


「ゆりさーーーん!!」


来た。
パタパタという足音が聞こえたと思ったら、素早い動きでカウンターに座っている私の隣へと寄って来た。
私と目線を合わせるようにしゃがんでいる姿に、しっぽが生えてるように見えるのはたぶん、気のせい。


「来てたんなら言ってよ!裏で賄い食べてたよ!」

「今来たところだよ。千秋くん、元気そうだね」

「そりゃあ、ゆりさんに会えたからね!」


パタパタ、キラキラ。
千秋くんを見てると、まあ飽きることがない。
賑やかで元気がよくて、仕事の疲れも忘れてしまう。
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