309.5号室の海
◇◇◇4.


会社の給湯室は女の溜まり場だと言っていたのは、木佐貫さんだっただろうか。

ちょっとコーヒーが飲みたくなっただけなのに。こんな目にあうならやめとけばよかった。


「聞いてるんですか?」

「う、聞いてる聞いてる」


私の前で仁王立ちしてるのは、以前滝本と噂になった、他部署の後輩の女の子。滝本いわく、自分で嘘の噂を流したらしいが。
胸元の社員証をチラッと見ると、田中 梨花(たなか りか)と書かれていた。


「私、納得出来ません。どうして星野さんみたいな、たいして美人でもない平凡な人が」

「あはは、ひどいね」


思わず笑うと、キッと思い切り睨みつけられた。笑ってすいません。

なんだか最近、女の子に睨まれてばっかりな気がする。それも一方的に。
私ってそんなに敵を作りやすいタイプなのだろうか。


給湯室に入ってコーヒーの用意をしていると、田中さんが入ってきた。
お疲れ様、と声をかけると、いきなり田中さんは怒りだして、こう言った。
「滝本さんが、星野さんのことを好きだっていう噂は本当ですか」と。

それはない。絶対嘘だよ。
いくらそう言っても、信じてもらえないのだから困ったものだ。

第一、私はそんな噂聞いたこともないし、確かめるなら私じゃなくて滝本に聞けばいい話だ。


「田中さん、滝本のこと好きなの?」

「……っていうか、付き合ってましたから」


うん、嘘なんだよねそれ。
声には出さずに、心の中に留める。

< 39 / 83 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop