最悪な政略結婚を押しつけられましたが、漆黒の騎士と全力で駆け落ち中!
善神『モネグロス』の神殿
 夢うつつで身じろぎをしたら、体の下のベッドが軽く軋む音がした。
 柔らかい枕から漂う極上の花の香に鼻腔をくすぐられ、誘われるように薄っすらと瞼が開いていく。
 ……ここはどこ?

 そして私が一番最初に見たものは、エヴルの心配そうな顔だった。

 ぼんやりと霞んだ視界がだんだん鮮明になり、自分の顔のすぐ真上にある、漆黒の髪と真剣な目がはっきりと見えてくる。

「キアラ様! 気がつかれましたか!?」
「あ……?」
「ああ、キアラ様! よかった!」

 エヴルは泣き笑いのような表情になったかと思うと、横たわっている私の体にいきなりガバッと覆い被さった。

「きゃっ!?」
「よかった。よかった。よかった。よか……」

 私の体を上から包み込むように掻き抱くエヴルの髪が、小さな声が、広い肩が、小刻みに震えている。

 どうしたんだろう? 日頃冷静なエヴルがこんなに取り乱すなんて。

 寝ぼけたようにボーッとする頭に、粉々に砕けた女神像や、大量の水に溺れる感覚、意識を失う瞬間のエヴルの必死な声の記憶が甦ってくる。

 ……ああ、そうか。私たちは大変な状況だったんだわ。
 もうだめかと半ば覚悟を決めたけれど、もう一度エヴルに会えて本当によかった!

 安心してホッと息を吐き、全身脱力する私の様子を、身を起こしたエヴルが心配そうに見つめている。

「本当に大丈夫ですか? どこか痛むところは? ……もしや記憶がない、などということはありませんか?」

「大丈夫よ。ちゃんと覚えてるわ」

「私のことは? 私のことは覚えていらっしゃいますよね?」
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