再生する
5:躊躇う木曜日



 木曜日。仕事を終えてスタッフルームに引き上げてすぐ、スタッフの今井さんが「やばい! 遅れる!」と慌てて帰って行った。どうやら恋人と待ち合わせらしい。

 スタッフルームに残ったのは、神谷さんとわたしのふたりだけ。

 それをいいことに神谷さんはにこにこしながら隣にやって来て、わたしの肩に顔を寄せる。

「今日は俺が選んだジュエリーじゃないんだね。残念」

 わたしは一歩横に動いて、神谷さんと距離を取ってから「そりゃあ毎日はつけません」と答える。

「青山さんにはトパーズが似合ってるのに」

「今日はアクアマリンの気分だったんです」

「まあ三月の誕生石だしね」

 笑いながら神谷さんは離れた距離を詰める。やめてほしい。いくら人がいないとはいえ、スタッフルームだ。もし万が一今井さんが戻って来たら、昨日吉木さんに隠し通した意味がなくなってしまう。


「四月の新作、もう見た?」

「ああ、はい。見ました。ホワイトトパーズのネックレス、可愛かったですね」

 本社から届いた新作ジュエリーの資料を思い出す。ラウンドブリリアントカットを施したホワイトトパーズがきらきら輝き、華やかで可愛らしいネックレスだった。

「良かったらプレゼントしようか?」

「え?」

 それは突然の提案だった。
 でもここで頷けるほどわたしたちは深い関係ではないし、親しくもない。

「結構です」

 そして可愛い断り方もできなかった。

「遠慮しなくていいのに」

「いえ、遠慮とかではなく……」

「青山さんに似合うと思ったんだけど」

「ああいう華やかなものはわたしには似合いませんよ」

「そう? 俺が選ぶジュエリーに外れはないんだけどなあ」

 確かにそれはそうだと思う。わたしが初めてこの店に来たときに選んでもらったブルートパーズとホワイトトパーズのネックレスとブレスレットはとても気に入っていて、今でもよくつけている。
 来店されるお客様への接客も完璧で、みんな良い笑顔で帰って行く。


 一般市民のわたしたちにとって、ジュエリーはそんなに頻繁に買うものではない。

 なにか特別なことがなければ、ジュエリーショップに訪れないだろう。
 それは例えばプロポーズだったり記念日だったり。わたしは自分への誕生日プレゼントだった。

 特別な日の特別なプレゼントは、心から気に入ったものを選びたい。

 神谷さんはそんなお客様を必ず満足させる、凄い人だ。

 その神谷さんが「似合うと思う」と言ってくれるのだから、そうなのかもしれないけれど……。告白されたあとじゃあ、いまいち信用できない気もする。

 でも本当に可愛いネックレスだったから、どこかにお呼ばれしたときのために自分で買ってしまおうか。




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