後継者選びはただいま困難を極めております
序章:就職と結婚は似ていると言うひともいるけれど
「おじいちゃん、急にどうしたの? 僕、早く戻って昼までに企画書あげないと怒られちゃうんだけど」

いかにもおぼっちゃん育ちらしいぽやんとした口調で、けれどこのなかで誰よりも早く口火を切ったのは、今年28になる会長の孫、高見トシユキだった。女顔のあどけない顔立ちは、今はシワだらけの会長によく見れば似ていないこともない。現在は、社内の一部門の平社員として働いている。

「――高見、今度から社内では、会長のことをおじいちゃんよばわりするのはやめる、と先日宣言していたのは、俺の聞き間違いだったのか?」

からかい半分、本気の呆れ半分で声をかけるのは、トシユキの上司にあたる兼森タイガ。数年前まで、その長身と甘いマスクの奥にひかる鋭い眼光を武器に営業部のエースとして鳴らした彼は、現在33歳という若さで2つの事業部の事業部長を兼任する、社内きっての出世頭である。

「会長、ワタシはこのあと税理士との面談があり、あと5分30秒で会議室に向かわねばなりまセン。お話は手短にお願いしマス」

高見と兼森のやりとりをあからさまに無視して、窓際に立つ会長にそう訴えるのは、ロバート・B・ストーン。その金髪碧眼からは想像もつかないような流暢な日本語を話す彼は、最近会長がどこかからつれてきたという、ハーバードのMBAを持つ、財務経営の専門家。年齢は40歳近いということだが、週末はボクシングジムに通っているとかで、鍛えあげられた肉体は実際の年齢以上に彼を若く見せている。


そして――


「……あの……すみません。私はいったいどうしてここに……?」


そんなそうそうたるメンツにかこまれ、おそるおそる手をあげたのは――大都会のど真ん中で、いまどき時給1000円で働く派遣社員。
会社から支給される事務服を着て、胸ポケットにはボールペン、腰ポケットからはハサミの上をちらりと覗かせている、平ヒナであった。
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