御曹司は身代わり秘書を溺愛しています
恋とパスワードの謎とき
「……理咲!」


水を打ったように静かな深夜の待合室。突然聞こえた声と足音で我に返り、まだぼんやりしたまま顔を上げる。

と、階段を駆け上って息を乱した怜人さまが、心配そうにこちらへ走り寄ってくる。


「怜人……。ごめんなさい、こんなに夜遅くに来させてしまって」

「そんなことより、陸君は」

「まだ検査が終わらなくて」


正気を失った康弘さんに殴られて怪我をしてしまった陸は、あの後通りがかった人たちに助けられ、救急車で病院に運ばれた。

幸い大事には至らず、意識もはっきりした状態だけれど、怪我した場所が顔や頭なだけに、先生や看護婦さんがつきっきりで対応してくれている。

その後警察も駆けつけ、色々と事情を聴かれた。

康弘さんと私たちの関係を説明し、感情に行き違いがあったこと、それによって父の会社が破たんしたことまで順を追って話すと、ベテランらしき刑事さんはしみじみと『大変でしたね』と私をねぎらい、缶コーヒーまで買ってくれた。

あまりの出来事にまだ呆然とする私に、『逆恨みによる暴力事件は、結構多いんですよ』となんでもない風に言ってくれたのは、きっと刑事さんの思いやりだろう。

少なくとも、私の知り合いに暴力事件に巻き込まれたひとなど、誰もいない。


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