あしたのうた


時々ね、と付け足すと、すっと真剣な表情をする紬に笑う。笑わないでよ、という抗議の言葉にごめんと謝って、でもね、と言葉を重ねた。


「分かってるんだ、ちゃんと、光もあるって」

「……うん、」

「紬の信じる未来を、信じると決めたから。それは嘘じゃないよ。でも、本当に、たまに。ずっと、昔から。だから、紬を信じられないわけじゃなくて、……癖、みたいなものなのかもしれない」


古来、男は太陽に、女は月に譬えられることが多い。


彼と彼女の間では、違う気がしていた。太陽は彼女で、月は彼。彼女はいつもひたすらに信じて、彼はいつもひたすらに疑って。その関係に疑問を持ったことはないし、それでいいと思っている。


信じるのが彼女の役目で、疑うのが彼の役目。


それで成り立ってきた関係。お互いのことは、信じるとか頼りにしているとか、そういったことを越えている。


だから、当たり前。それを、紬にもいつか言えたらいいと思いながら。


「ちゃんと、渉が私のこと思い出してくれたらいいよ」


後ろ向きになってしまうのは、仕方ないことだから。そして多分、渉にとっては必要な事だから。


そう言ってくれた紬に、ありがとう、と心から。お互いのことは、ある種お互い以上に分かっている俺たちだからこそ。


俺がちゃんと信じていることも、それでも時折思い出したように不安になってしまうことを、紬はきちんと分かっている。だから必要以上に何か言うのではなくて、こうしてただ傍にいてくれる。


それが、どれだけありがたくて、難しいことなのか。


送るよ、と二人で紬の最寄り駅で降りる。拒否をしてこない紬も、断っても俺が結局着いてくること、送るところまでがひとつの決まり事なのだということを知っている。


二人して密着しながら、階段を降りて改札を通る。もうすっかり記憶した紬の家への道を、進もうとして。


「────渉っ」


俺と紬しかいないはずの駅に、聞き慣れた、聞きたくない声が響いた。


「あ、にき……?」


ぴたりと足を止めた俺に倣って、紬も足を止める。心配そうに俺を見上げてくる紬に構っている余裕なんてなく、肩で息をする兄貴をただただ凝視した。


「ここにいれば、来ると思って……っ、間に、あって、よかった、っ」

「……徹さん、」

詰るような声が隣から聞こえてくる。紬の声だ、止めなければと思うのに、声が出ない。顔を上げた兄貴の表情に真剣なものを感じ取って、ちりっと脳裏が灼ける感覚が、した。


「ごめんな、渉、本当にごめん」


────ごめんな、本当にごめん、


兄貴の謝る声が、記憶と重なった。


嗚呼、そうか。そうだった。漸く、思い出した。




────額田王と大海人皇子は、最初から最期まで、お互いを想い合っていたことを。


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