彼の瞳に独占されています
◆愛を受け止められないのはなぜ


永瀬さんと食事の約束を取り付けた数日後、私はいつも通りスーツを求めてきた男性の接客をしていた。

四十代前半らしき男性は、売場にあるスーツを品定めしながら、思い出したようにこんなことを言う。


「前、別の店でセールで売ってた格安のスーツを買ったんだけど、靴擦れの部分がまったくなかったんだよ。あれは不良品なのかな?」

「靴擦れですか……」


反すうして、考えを巡らせる。

“靴擦れ”というのは、スラックスの裾の後ろ側にニミリほど飛び出すように付けられる、当て布の部分のこと。スラックスの折り返しが傷付くのを防ぐためのものだ。

オーダースーツの場合には、ブランド名などが刺繍された生地の耳、つまり生地の端の部分で作られることが多い。

この刺繍は見えないものだけれど、ブランドの証明にもなって、オーダースーツ愛好者には嬉しいディテールのひとつなのだとか。

うちのオーダースーツには必ずそれが付いているけれど、ないからと言って不良品だと断定してしまっていいものか……。


私にはそこまでの知識はない。どう答えようか考えあぐねていると、私の隣にスッと誰かが現れた。


「最近は靴擦れを取り付けないテーラーさんもいるんですよ」


落ち着いた声で助け船を出してくれたのは、柔らかな笑みを見せる永瀬さんだ。

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