1.初恋 Purple lilac

 土曜日の夕方。小石川花名(こしかわはんな)カウンターの影に隠れて髪を手櫛で整得た後、サッと口紅を塗り直した。
彼女は業界大手の佐倉園芸でフローリストとして働いている。

この業界に足を踏み入れて三年。駅ナカのフラワーショップで半年間研修をして、総合病院の隣に建つこの店舗へと配属された。

事務所などが入っている貸しビルの一階。チェーン展開するコーヒーショップと隣り合わせのたった五坪の小さな店内。訪れる客のほとんどが患者かその見舞客で、たまに病院の職員が歓送迎用の花束を注文しに来る。

毎日が至極平凡で、入社前に思い描いていたような華やかさなどは感じられない。

そんな彼女が唯一楽しみにしてるのが、数か月前から毎週土曜日の夕方に決まって訪れる客とのやり取りだった。

(……あ、来た)

花名は自分の胸が一瞬で高鳴るのを感じた。