イジワル副社長に拾われました。
「……初めて会ったときにも思った。言い訳もせずに会社クビになって。自分が悪いことなんてひとつもしてないのに、黙って従って。土曜日だってそうだよ。約束破ったのは俺なのに、責めることなんてひとつもしない。逆に俺に謝るとか、どんだけお人好しなんだよ」

頭をハンマーで殴られたような、そんな衝撃が走った。

会社をクビになったときも、もうなにもかもが面倒になって、言い訳ひとつしないで辞めた。

土曜日も、白井さんを責めたってしょうがないって思った。

だって、そのときは白井さんと未来さんが付き合っているって思っていたから。

付き合っているふたりになにか事件が起こっている。だったら、部外者の私は、何も言わずに引き下がらなきゃ、ってそう思っていたから。

白井さんに言われて思い出した。そういえば、私は昔からそういう子だった。

幼稚園の頃に、ブランコの順番待ちに割り込みされたときも、何も言えずに黙っていた。

中学生の頃は、待ち合わせ場所に友達がいつまでたっても来なくて、仕方がないので目的地に行ったら、その友達はすでにそこにいて。

「ごめーん、お母さんに送ってもらったの」と、まったく悪気のない表情で言われたときも、何も言わなかった。

私が我慢すれば、丸く収まると思っていたから。ケンカとか、したくなかったから。

「平和主義なのもいいけど、それでお前は後悔しないのか?」

白井さんの声は穏やかだけど、私の心にズシリ、と響いた。

「わ、たしっ……」

なにか言おうと口を開くと同時に、涙があふれてきて、見えにくい視界の向こうで、白井さんが目を丸くした。

ポロポロととめどなく涙が溢れて止まらない。

代わりに、なにか話したいのに、言葉が全然出てこない。

このままだと、絶対に白井さんに迷惑かける。

そう思った瞬間、体は動きだしていて、私は助手席のドアを開けて、白井さんの車の中から飛び出した。

「ごめんなさいっ!」

「おい、桐原っ!」

私の行動に戸惑っている白井さんに背を向けて、私は全速力で走った。

車を停めていたコンビニと私のマンションは、目と鼻の先。

3階の自分の部屋の鍵を開けて、玄関へ入った瞬間、私は気が抜けたように座り込んだ。

「また、逃げちゃった」

座り込んだ玄関で、天井を見上げてつぶやく。

『平和主義なのもいいけど、それでお前は後悔しないのか?』

白井さんの言葉が頭の中をグルグル回る。

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