どうしてほしいの、この僕に
「泣いていない」
『素直じゃないな』
 どうせ私は素直じゃないですよ。
 だけど心の中で悪態をつくのが精一杯で、こらえきれずに鼻をすすった。
「だって、私のせいで……」
 優輝は大けがをしたのだ。気分は落ち込むばかりで、このまま私など消えてしまえばいいとさえ思ってしまう。
 心の奥に巣食う闇が、私を飲み込んでしまいそうなほど、急速に膨張した。
「もう嫌だ。自分のことが嫌い」
 勢いでネガティブな気持ちを吐露した。
 電話の向こうは少しの間黙ってしまう。それはそうだろう。けが人相手に後ろ向きな発言を放つなんて、我ながらデリカシーがなさすぎる。
 言わなければよかった、と思い始めた頃、苦笑まじりのため息が聞こえた。
『じゃあ俺は、自分のことが嫌いな未莉を好きになってやるよ』
 い、い、今、なんと言った!?
 わ、私を好きに——!?
 いやいやいや。からかっているだけ。決して本気にしてはいけない。
「『なってやる』なんてえらそうに言われるくらいなら、好きになってくれなくてもいいよ」
 ——って、おい、ちょっと待て、私。
 そんなこと、露ほども思っていないのに、あまのじゃくなこの口が勝手に返事を!
 誰か、時間を戻して……
『もう手遅れ』
「……え?」
 囁くような小さな声が私の鼓膜を震わせた。胸がドキッと跳ね、手がつけられないほど暴れ始める。
『だから泣かなくていい』
 心の闇は遠ざかり、熱いココアを飲んだときみたいに、温かくて甘くてちょっぴりほろ苦い気持ちが私の中に芽生えた。
 だけど困る。心が弱っているときにそんなこと言われたら、信じたくなるから。
 それに逆だ。助けてもらった私はけが人を励ますべきであり、励まされている場合ではない。
「言っていることが、めちゃくちゃだよ」
『そうか? 別に死ぬわけじゃないから心配するな』
「心配なんか……」
 せっかく止まりかけていた涙が再びあふれ出す。
 そもそも「するな」と言われても、してしまうのが心配なのだ。それに両親を亡くして以来、誰かに深入りすることなく生活してきたせいか、他人の心配がこんなに胸が痛むことだと忘れていた。
 だけど泣いてもどうにもならない。どんなに戻りたいと願っても、もう事故の前には戻れない。濡れた頬を手で拭う。
『本当はめちゃくちゃ痛い』
 優輝がぼやくように言った。きっと私を気遣ってくれたのだと思う。
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