どうしてほしいの、この僕に
 私があの場所にいたことを知る人間は多くはない。そして優輝がかばった相手が無名の私ではなく明日香さんだったと報じるほうが話題性は高いだろうけど。
 え、そういう理由で事実を捻じ曲げたということ?
 もしかしてそのニュースって、誰かに都合よくねつ造……いや、やめよう。
 考えたことを慌てて消し去る。
 友広くんの情報だって出どころがわからないし、鵜呑みにはできない。まず自分の目で確かめなくては。
 頭の中はひどく混乱していたが、それを悟られるわけにはいかない。私は単に驚いた表情で返事をした。
「何も知らなかったから、びっくりした。大けがをしたなら、しばらくテレビには出られないんでしょうね」
 友広くんは私から視線を外して、宙を睨む。
「あんな恋する目でポスターを見ていたくせに、まるで興味がないような返事ができる未莉さんって、実はとんでもない演技派だったんですね」
「私、本当に芸能人には興味ないの。住んでいる世界が違いすぎるし」
 わざとらしくならないよう細心の注意を払いながら、友広くんの顔を覗き込む。彼は嫌なものを見るように、私を横目で眺めた。
「違わない」
「え?」
「この男も僕たちと同じ世界に生きている。未莉さんはそれを誰よりよく知っているはずだ」
 ——どういう意味!?
 とっさに返す言葉がみつからなかった。
 心臓がバクバクと鳴り、脳内では危険信号が激しく点滅している。
 もしかして、友広くんは何か気がついている? まさか……。
「うわーーーーー!」
 私が大声を上げると、すぐに腕が自由になった。「どうした?」と課長の心配そうな声が少し離れたところから聞こえてきた。
「黒いアイツが出現しました!」
 課長に聞こえるように声を張り上げる。
「今、スプレーを持ってきます」
 友広くんが私を置いて大股でファイル棚の間をすり抜けていった。入れ違いで課長が顔を覗かせる。
「大丈夫?」
「はい。でも見失いました。それから、ファイルもここにはないみたいです」
「そうか、ありがとう。あとは自分で探すよ」
 課長が軽く手を上げて去った。
 誰もいないことを確かめて、ファイル棚に寄りかかり、ふうっと息をつく。
 まずいことになった。——優輝がいないこんなときに。
 でもここは私の職場。誰かに頼るわけにはいかない。
 私がひとりでがんばらなくては。
< 116 / 232 >

この作品をシェア

pagetop