どうしてほしいの、この僕に
 不覚にもあっけにとられていた私だが、眼鏡の奥から鋭い視線を向けられ、マスクのゴムを耳にかけ直す。
「あの、私は優輝の従妹で……」
 もごもごと高木さんに言われたとおり説明すると、ファンキーな看護師さんは「へぇ」と低い声で言った。
「女性のお見舞いは、はじめてですね」
 優輝に体温計を差し出すと、彼女は私を横目でちらりと見た。
 そんなことをいちいちチェックしているのか、と思いながらその視線を受け止める。まぁ、人気のイケメン俳優が入院していたら、その来客を気にしてしまうのは当然か。
「そう。やっと女性が来てくれたと思ったら、まったく愛想のない従妹ですからね」
 憎たらしいことに、体温計を脇に挟んだ優輝はすました顔でそう言った。
 ファンキーな彼女は少し首を傾ける。
「でも守岡さん、顔色いいよ。身内に会えて安心したんじゃない?」
 その言葉に優輝も私も思わず絶句した。
 そ、そうなの? でも私、本当は彼の身内じゃないんだけど。
 なんとなく気まずい空気になったところで、体温計が鳴った。優輝は無言で体温計を差し出した。
 看護師さんは体温計に目を走らせ、ノートに記入すると、急に私のほうへ向き直った。
「いとこ同士でも結婚できるよ」
 ぼそっと言い残し、彼女はドアの外に消えた。
 痛いほどの静寂。それを破ったのは優輝だった。
「いつ俺の従妹になったんだ?」
「……さっき」
 私はようやく壁際にある布張りの椅子に腰を落ち着けた。突っ立っていると心がそわそわしたが、座った途端、どっしりと大地に根を張ったような気分になる。
「それ、高木さんの指示?」
 優輝は両腕を頭の後ろに回し、呆れたような表情で天井を仰いだ。
「うん。看護師さんにもあやしまれなかったでしょ?」
「あのな、マスク着用の挙動不審者をあやしまない人間がどこにいるんだ」
「でも『いとこ同士でも結婚できる』って……」
 そう言いかけたとき、ドアをノックする音が聞こえてきた。
 今度はなんだろう?
 優輝と私は一瞬顔を見合わせる。
「はい」
 優輝が返事をするとドアが開き、長身の男性が高木さんを従えて入ってきた。
「やあ、優輝。ひどい目に遭ったな」
「社長」
 上体を起こそうとする優輝に、高木さんが駆け寄った。私もとっさに立ち上がり、社長と呼ばれた男性に椅子を勧める。
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