どうしてほしいの、この僕に
「……えっ?」
 聞き返す声は情けないくらい小さかった。
 友広くんが私の顔を覗き込むように首を傾げる。
「撮影始まってすぐに熱愛発覚ですからね。やっぱりすげぇもてるんだろうな。それにこの顔で口説かれたらどんな女性もノーとは言えないでしょ?」
「知らないわよ、そんなこと」
「あーでも柴田さんならすぐには陥落しないかも」
「それ、どういう意味?」
「だって『鉄壁の守り』じゃないですか。誰が柴田さんを口説き落せるかって、男どもの間では話題なんですよ。知りませんでした?」
「知るわけないでしょ、そんなこと!」
「あ、ちょっと、怒らないでくださいよ」
 私は友広くんを置いてスタスタと自分のデスクへ戻った。少し遅れて彼も向かいの席へ戻ってくる。
「変なこと言ってすみません」
 遠慮がちに友広くんが言う。周囲の目もあるので、私は気にしないふりをして首を横にふって見せた。
 一度も笑ったことのない私を男性社員たちが『鉄壁の守り』と揶揄しているのは知っていた。そして彼らが私の笑わない理由をつんつんした性格だからだと思い込んでいることも。
 でも友広くんの言葉で、過去に接触してきた男性たちがからかい半分だったとわかり、本気で腹が立ったのだ。
 すべてお断りしたのは賢明でしたね、未莉さん。……なんて自分を褒めて、ズンと落ち込む。
 信用してもいい男性なんて、どこにもいない。
 そう思った瞬間、なぜか優輝の顔が浮かんできて、私は意味もなく手をこすり合わせた。通りすがりの上司に「寒いの?」と声をかけられる。
「はい、なんだか急に寒気がしまして……」
 真面目な顔で答えながら、脳内に出現した優輝を大急ぎで消した。
 そりゃ、あの夜、優輝には助けてもらいましたよ。ついでにあのとき車の中で言ってくれた言葉が、私の心の支えになっているのは確かだし。最後のチャンスと思っていたオーディションがダメだったのに、まだ夢をあきらめなくていいのかなとしぶとく考えているくらいだから。
 しかし……オーディションからひと月で明日香さんと熱愛ってどういうことなの!? あの夜、私に言った意味深なセリフは何? 結局アンタはそばにいる女性なら誰でもいいのか!
 ふう、と息をついてなにげなく前を見る。書類ケースの向こう側から友広くんが険のある視線を私へ向けていた。

 定時で仕事を終え、いつもの帰路につく。
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